ちらり。
 ちらり。

 ヒュンケルは隣の席に座る少女の動きが気になっていた。
 決して、じゃんけんで負けて仕方なく出席しているだけの、この世界会議に飽きてきたわけではない。だがヒュンケルと同じくじゃんけんに負け、大きな円卓の末席に小さく座る栗毛の少女はそうではないらしい。会議を行う各国の首脳達と騎士団の強面達に見つからないよう、こっそりと両手を眼前に掲げて祈るような仕草を、今からほんの少し前に見せた。それからというもの、この議場の壁に掛かっている時計と窓の外を交互に見ては、落ち着きなくそわそわとしているのだ。
 ここまで観察しているのだ、ヒュンケルも人の事も言えないほど会議にはうわの空だという事だろう。だがそれも仕方がない。これはレオナに形だけでも出席してくれと頼まれた会議なのだから。

 これは大戦から一年経ち自国も落ち着いてきた今、世界の復興を軍事・政治レベルで各国協同で取り組む合意と指針をまとめようという為の会議であり、出席者は各国王と騎士団長レベルという錚々たる顔ぶれで執り行われている。平和を勝ち取る為に先陣に立った英雄ともいうべきアバンの使徒を、そんな重要レベルの会議に席を並ばせる事は、その功績に対する国からの敬意の表れであるのだが……当の使徒たちはありがた迷惑にも感じているようだ。何故命をかけて戦った礼に、しち難しい会議に出なくてはいけないのか。各々忙しいさなか一同に集めたレオナに、彼らは不満の声を漏らした。大体、師匠のほうが出席すべきであるし、彼の声は誰もが望んでいるというのに、何かを察知したのか、リンガイアの方へ行ったという情報だけを最後に消息を絶っている。師匠からして行方をくらましているのだ、弟子達はその眉間に深い皺を刻んで渋っていた。「有名税みたいなもんよ」レオナはそう言いながらも、二人ぐらいでいいからと譲歩案を出してくれた。

 じゃんけんの時に、不運にも隣にいた為不幸体質に引き摺られたな、と仲間達は不憫がってくれた。もちらりと思いはしたが口にする事はなかった。不満の声があがる中、一人だけ静かに事の顛末を見守っていたのに、天は味方してくれなかったようだ。
 だが今はそんな事などどうでもよい。一分一秒一瞬が、気が遠くなるほど長い。は肩が自然と上がって強張りそうになるのを抑えるだけで必死だった。
「どうした、具合でも悪いのか?」
 悲鳴を上げそうになったが、それもなんとか抑えた。耳元で囁かれた低音に、しかもこの上ない美丈夫に顔を寄せられて、身体を震わせない者などいないだろう。いくら心に決めた人がいると言っても、突然の事に顔を真っ赤にしてしまう。
「オーザムは我らで共同統治すればよかろう! 今必要なのは纏める者だ!」
「国など、自然になるべきです!」
「では、あの豊富な燃料資源を放っておくのかね!?」
 会議は結構ヘヴィな話になっているらしい。熱の上がってきている首脳達に口を挟める者もなく、ただそのやり取りを静かに聞き取ろうと意識をそちらに向けている。今ならこちらに気付かないだろう。前を向いたまま、はこっそりと隣のヒュンケルに話し掛けた。
「あ、あの……実はね。今、占いをしてるの……」
「占い?」
「うん。その……恋占い、なの。今、城下の女の子の間で流行ってるんだよ」
「恋占い? それを今、やっているのか?」
「あ、ご、ごめん……!」
 怯える仔犬のように、大きな目をくしゃりと歪ませる。そんなに叱ってるつもりではないのに、ヒュンケルの胸には罪悪感でいっぱいになってしまった。どうも自分はこの少女には弱いらしい。どこか居心地の悪くなるこの哀しい顔は、出来るだけ見たくないと思ってしまう。横目で窺いながら左肩を下げた。
「俺たちには口を挟めそうな雰囲気ではないからな、気持ちは分かる。……で、どんな占いなんだ?」
「え」
 は驚いた。まさかヒュンケルが興味を持つとは思わなかったのだ。だがヒートアップしているあの一部を除いては、午前の爽やかな風とともに沈丁花の香りがこの議場を包んでいる。元より乗り気ではない自分たちには気も散漫になろう。持て余した時間に付き合ってくれるという事なのかもしれない。はそう思って、やはり右肩をやや下げながら呟くように話しはじめた。
「あ、あのね、占いっていうか願掛けみたいなものなの。青い鳥を見つけたらお願いするの、「どうかこの恋が実りますように」って。それから10分しても鳥が飛び立たなかったら成就されるんですって。――ほら、あそこの窓の外。水色の鳥がいるでしょう? だから私、さっきこっそりとお願いしたのよ。あと5分がすごく長いわ」
「なるほど」
 ようやくの行動に納得がいったヒュンケルは、小さく肩を揺らした。
 その願掛けた相手にも心当たりがある。むしろ気付いていないのは本人達ばかりで、周囲の方がやきもきとしているのにも分かっていないんだろう。レオナ姫の援護射撃も効果なく、いまだに収まるべきところに落ち着いていないらしい。あの鳥のような水色をした髪の男は、それこそ鳥のように飛び回り、なかなか羽を休めないんだろう、と柄にもなく邪推してしまう。この妹弟子が喜ぶなら素直に嬉しいと思うし、あの師匠も……そろそろ落ち着いて欲しいと思うのも正直なところではある。この恋の成就はヒュンケルも願うものだった。
 少女の淡い恋心を一身に受けた当の鳥はというと、大人しく木の枝に座って窓の中を覗いているようで、飛び立つ気配はない。もうしばらくそのままでいてくれ、というの切なる願いは、隣のヒュンケルにも伝わってくる。一緒になって時計の針の先と、水色の鳥を交互に見つめている内に、迫る時間を息を呑んで見守るようになった。

「まだたくさんの遺体が雪の下に眠っているんです。然るべき埋葬をしてあげるのが第一ですわ!」
「その人員がタダで出ると思っているのかね!? 遥か遠方のかの地に大量の人員を送るのだ、生半可な額ではない! あの戦いから一年も経っているのだ、大事な国益を滅んだオーザムの為に捻出するのを、国民が黙って聞いていると思うか!? それ相応の、いや少しでもプラスになる物を持って帰らなくてはと思うのが自然だろう!?」
「ですが、リンガイア王! オーザムの地に眠る資源はオーザムのものです! 人道的な配慮はしてもそこまでの干渉はすべきではありません!」
「綺麗事だよ、パプニカの姫! 生者が死者に採って食われるのも愚かな話だ! 国としては国益を第一に考えなくてはいかん!!」
 マホガニーの机が重く響いた。
 議場の皆は、重厚な机も割らんばかりの勢いで打ち下ろされたリンガイア王の拳を見ていたが、達の二人だけは窓の外を慌てて見た。水色の鳥がその小さな身体をびくりと震わせ、羽を広げようと動く。は思わずヒュンケルにしがみ付いた。
 リンガイア王の激情にしばらく議場がしんと静まり返る。それを受け、鳥は広げようとした羽をもそもそと仕舞い込み、首を再び肩に埋めた。どうやらもう少し居てくれるらしい。
 その一連の動きを息を止め見守っていたは、知らずの内にヒュンケルの服を握り締めていた事にも気付いていなかった。声に出せない緊迫感がの全身を総毛立たせる。握り締める力強さに、ヒュンケルにもその息を呑む一瞬一瞬が伝わってきた。
 鳥が羽を休めた後も、豪胆な王の声量にいつか飛び立ってしまうんではないかと、可哀想なくらいの緊迫感を続けているのが分かる。時計と窓の外を何度も何度も、代わる代わる見ては、身体を細めていった。
「カールとしてはオーザム再興に助力を惜しみません。ですがやはり、実際に動くのは国民です。ようやく自分の生活が軌道に乗ったところに何の保証もなく徴兵されては、いくら人道的支援を謳われても活動の士気が上がる事はありますまい」
「ロモスとて同じ事。じゃが、オーザムの再興を促しに行ったというのに、資源を持ち帰ってくるのもやはり……」
 話の内容が重要なものだというのは分かっている。だが、だんだん再加熱する議論にの緊張は、もう限界だった。

「発言しても宜しいか」

 議場に美しいテノールが凛と響いた。
 部屋にある全ての瞳を一身に集めたのは、の隣にいる、ヒュンケルその人であった。

 呆然とするを横目に、ヒュンケルは席を立ち上がる。
「この一年、世界各地をこの目と足で見て廻ってきた者としての矜持から申し上げる。即刻オーザムでの燃料資源自由採掘を許可すべきです」
 各国要人達が向けた興味の目の色が変わった。
「ご存知の通り、今や世界中の復興も進み、元の生活、いや都市部ではそれ以上になろうと各地は急速に発展しています。だが豊かになってはいても、それはまだ一部分でしかない。どの民も満足に食えているわけではないのが現状です。田畑の再起は一日二日でかなうものではなく、時間も人員も燃料も、まだまだ足りていないのです。……魔王軍を率い、この手で滅ぼしてきた自分が何を言うのかと憤られるのも無理はない。ですが、世界の再興を本気で願う者の一人として、目にした現実をありのままお伝えするのも課せられた義務であり本懐と感じていると、このしるしを証拠にして我が師アバンの名の下に、ここに宣誓するものとします」
 議場内を静かに歩くその美しい姿と声に、誰もが目を惹き付けられる。風にそよぐ銀髪と同じ流麗さで歩を進め、ヒュンケルは再び口を開いた。
「新たな港の開港や造船で食料や燃料は城下に集中し、地方ではいまだに飢えと寒さに瀕しています。特に燃料はいくらあっても足りないほどで、実際、この前の寒波でリンガイアの方では村が二つ消えました。今はどこも燃料資源が喉から手が出るほど欲しがっている。そしてその声が届けられぬほど、彼らは困窮しているのです。かと言って、むやみに開放すれば秩序なく掘り荒らされてしまうのも事実。ですが、みだりに採掘されないよう見張りを立てる余裕があるのなら、その人員はオーザムの民の埋葬と再興に注ぐべきだ」
 鋭いその視線は自分に浴びせたものだとクルテマッカ七世はすぐに察し、居心地が悪そうに身体を揺らした。
「国として採算を求めるのであれば、派遣兵ではなく移住という形で認めるのが宜しいかと。移住と引き換えに、埋葬作業と少しの資源と送金、これらを提示しても彼らは喜んで行くでしょう。オーザム王家が完全に瓦解した今、その利権はその土地に住む者に与えられるべきです。そして採掘するなら、移住民は鉱山の近くに集まって居住する事になるでしょう。そこで自然と共同体も生まれよう。それがどのように大きくなってオーザム国として進化していくかは、その地に住む者が決める。机に向かって話し合って決まるものではない」
 休憩時用のお茶のポットやティーカップが置かれたテーブルで立ち止まる。そしてお茶請けにと用意されていたビスケットを一枚手に取ると、指先で崩してテーブルの上に広げた。
「人道的支援を謳うのは美しいかもしれない。ただ……」
 ヒュンケルはテーブルの横の窓を静かに開け、水色の小鳥を呼び寄せた。

「美味い餌がなければ、誰も共に謳いに来てはくれないのですよ」



 会議が終わるとすぐに、はヒュンケルを下から覗き込むように飛びついて、礼を言った。
「ありがとう、ヒュンケル」
「会議が早く終わって欲しかっただけだ、気にするな」
 ありがとう。は目を細めてもう一度礼を言った。その嬉しそうな笑顔はヒュンケルの心を満足させるに十分であった。そしてこのままリンガイアに向かうと言い残し、は風のように去っていった。


 もしかしたら、あの眼鏡を掛けた水色の鳥にもエサをやってしまったのかもしれない、とヒュンケルは思った。


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(2008.10.4)
ヒュンケルを格好良くしようと思ったのに、何を喋ってるんだか書いた本人ですら良く分かりませんでした^^;


リクエスト下さった方々、ありがとうございました!