Dancer in the Dream
ここはどこ ここはどこ ここはどこ・・・
ココにいる ワタシは 私なのか
私は はたして ココにいるのだろうか
全ては 夢なのか
どうか 夢でありますように
どうか 夢ではありませんように
Dancer in the Dream
あの日はとても天気のいい日だった。
先生に言いつけられた洗濯も終わった。今は川べりの樹に干されて気持ちのいい風に吹かれている洗濯物も、もうしばらくで乾くだろう。本当はこの後、予備の薪を拾いに行かないといけないのだが、でもまぁ、もう少しだけこうして寝そべっていよう。
どうせ先生も教科書の写本をしながらうたた寝してるだろうし。
頬を掠める新緑の香りが段々と遠いものになっていく。
そう、そんな日だった。
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あの日はとても天気のいい日だった。
ポップを洗濯をさせに行かせて、私はその間に、新しく魔法を会得する為の契約の儀式について手順を書いた教科書を写本していた。その持ち主になる、かの見習い魔法使いの為の写本であるが、当の本人は今頃昼寝を決め込んでいることであろう。
弟子入りしてから2ヶ月。早くも修行に飽きてしまった少年は、最近サボる隙をうかがう事ばかり上手くなってきた。このままではいかん、とこうして写本していたのだが、かくいう私もこの陽気でペン先が怪しく動き始めた。
仕方ない、写本は明日だな、とあきらめペンとインク瓶をしまった。
そう、そんな日だった。
りーん……
り ー ん……
夢心地に鈴の音が聞こえた気がした。
夢も現も判断つかぬまま、気のせいか、と意識がまどろみの中に戻ろうとした時、視界に光がよぎった。
天から真っ直ぐに降りてきたような金色の光。
その光の尾は私たちがいる林から見える切り立った崖に降りたように見えた。
意識は完全に覚醒した。
「先生っ!?」
「ポップ!」
何故か光の正体を見届けなくてはいけないような気がして、光の降りた場所へ向かってみたのだが、途中ポップと出くわした。どうやら彼も天から降りた金色の光を見たらしい。気になって光を追ってきたと走りながら話した。では自分の見たものは勘違いではなかったのか、というわずかな確証と同行者を得て、私たちはさらに走り出した。
ロモス王国領内にある山々。高台の林には切り立った崖が幾数にも存在する。その一画にあの光は降りた。方角からしてこの辺りであろうと私達はアタリをつけ、周囲を見回した。
「先生。なんだったんでしょうね、あの光は」
怯えているポップはモンスターかお化けでも現れたのだと、さっきの意気込みはどこへやら、私の後ろにピタリとくっついている。やれやれ、今度の修行は敵陣に攻め入る時の手順ですね。
「さぁ……隕石かもしれませんね。それともおばけかな?」
ポップは弾かれるように身体を震わせた。ふふふ。
「もしくは……天使かな」
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あの日はとても天気のいい日だった。
授業中は船をこぎまくり、国語の時には先生に当てられてヒヤリともしたのだが、私はその事も忘れるかのように次の授業でも居眠りを決め込んだ。お昼休みもお弁当の後は部室で昼寝してしまった。友達に起こされて教室へ寝ぼけながら戻っていた。
「そんだけ寝てるんだから、さぞ楽しい夢でも見てるんでしょうね」
友達も呆れるくらいの眠りっぷりらしい。
「うーん。よく覚えてないんだけど、知らない人たちが出てた気がするなぁ……」
「どうせ見るなら今度のテストの問題でも予知してちょうだいよ」
「それは、見れるもんなら私も見たいよ…」
欠伸とため息を、器用に同時に出しながら私は呟いた。
前の晩に二時までテレビを見ていたというのもあるだろうが、今日はどうもおかしい。いくら寝ても眠気が覚めない。普段からよく寝る方ではあったけど、ここまで眠いのは今だかつてなかった。風邪でもひいたかな?熱はないようだがこれから上がるかもしれない。
私はとりあえず授業は全部出て、下校時間になると部活や友達の誘いにも乗らずに、すぐ家路に向かった。
いつもと変わらない学校からの帰り道。
りーん……
り ー ん……
鈴の音?
ふと、足を止める。
遠くからではない、確かに耳元で聞こえた。髪の中に虫でもいるのだろうかと、私は耳元の髪を払うように触る。だが何も絡んではいないようだった。おかしいな、そう首を傾げようとした時だった。
り ー ん……
り ー ー ん……
まただ!
その奇妙さに突然怖くなり、私は耳を押さえた。だが塞いでいてもその手など無いかのように、音量も変わらず耳元で鳴り響いている。
風邪ではなく、何かの病気だろうかと心配しはじめた時、眠気が襲ってきた。
ぐらり、と視界が揺らぐ。
ああ、道を歩きながら居眠りなんて恥ずかしい。そんな事を考える余裕も無かった。有無を言わさず引きずり込まれる。
気が……遠くなる……
夢の… 中に… 落ちて… いく…
最後に記憶にあるのは鳴り続く鈴の音と金色の光だった……。
そう、そんな日だった。
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あたりをつけた場所まで来ると私達二人は周辺を探った。
光が降りたであろう切り立った崖はこの周辺でいくつもあるわけではない。一つずつ当たればきっと”それ”は見つかるであろうと茂みを掻き分けてみた。が、何も見当たらない。あれは気のせいだったのかと焦る気持ちを抑えながら最後の一ヶ所に踏み込んだ。
ガサリと草を掻き分けると、私は息を飲んだ。
遅れて私の背中越しに顔をのぞかせたポップもひくりと固まったのがわかる。
「先生の言った通り、本当に天使が降りてきた……」
まさにその通りだった。気を失っているのだろうか、その少女は横たわり先ほどの金色の光をまだほんのりと身に纏っていた。この光景を見て天使だと思わず何だというのか。魔物やモンスターではあやかしの術を使っても持ち得ない神々しさがある。私たちの気配を感じてか、金色の光はすぅっと消えていった。まるで誰かに見つけてもらうまで守っていたかのように、役目を終え帰っていくように。
私は手袋を取ると、少女の手首を手に取った。細い手首にはしっかりとした脈を感じられた。どうやら息はあるらしい。ポップが私の背中から覗き込むようにおそるおそる伺ってくる。
「先生、生きてる?」
「ええ。とにかく安全なところまで運んであげましょう」
「そ、そうですね!」
我に戻った私達はキャンプ地まで少女を運び、簡素ではあるがシーツの上に寝かせてやった。息はあったし、顔色も別段悪いわけではない。やはり気を失っているだけのようだ。安堵し一息吐けると、あらためて少女をまじまじと観察する。寝ている少女をジッと見るには気が引けたが、これしか今は少女の情報は得られない。
ポップと同じぐらいの年頃であろうか、頬の赤みが少女らしさを表している。白い肌に瀝青炭のような髪。瞳は何色だろう。身に着けている衣装は見たことのない珍しいもので、興味を引かれる。少女の国の民族衣装だろうか、紺色の上着とチェックのプリーツのよったスカート。赤いリボンが胸元に飾られている。天使はこういったものを着ているのかと感心した時、
「先生、天使ってこんな服を着てるんだね、想像と違ったなー」
などと私と同じことを考えるポップは、それこそまじまじと少女を観察していた。
「ポップ、女性をそんな風に見るもんじゃありませんよ、失礼でしょ」
「だって天使なんて初めて見るんですもん。今のうちによく見ておかないと」
「天使だと決まった訳ではないでしょう。この子が目を覚ましたら詳しく話を聞いてみましょう」
私自身、もっと見ていたいのだが、こうしてポップと同時に自分にも言い聞かせた。
「……んん……」
私たちの会話がうるさかったのか。少女は目を覚ました。
ゆるゆると瞳を明ける。
大きな瞳は髪と同じ黒ダイヤのような色だった。
体を半ば起こして目の前の私達をその瞳で捉えたようだ。息と瞬きを止めて私達はこの少女の一挙一動を見守る。
「――夢……」
「「え…」」
「私……まだ夢見てるんだわ……」
夢…??
「またテストの予知夢も見れないで…はぁ」
テスト…??
天使は高尚な夢でも見るのだろうか?降臨というより寝ぼけて天国から落ちてきた天使なのではないかと思い始めてきた。
「どうも……目が……覚めないなぁ……」
ぐぅ
…………ぐぅ??
緩やかな曲線を描く柳眉の下には、豊かな睫毛を湛えた閉じられたまぶた。きっと私達に光を向けてくれていたであろう黒ダイヤは隠されてしまった。少女は呆けている私達を置いて、また夢の中に旅立っていった。
まわる まわる まわる…
くるくる くるくる
目の前で 夢が 現実に
くるくる くるくる
ここが 私の 舞台
くるくる くるくる
覚めぬ 夢の 幕開け
くるくる くるくる
限りあるまで この夢の舞台で 踊りましょう
2004.9.2