校舎内鬼ごっこ
闇夜に浮かぶ薄い黄色の丸い月が、流れの速い雲に隠れる。
ザワザワと落ち着かない木々のざわめき以外に、周囲に生き物の気配は感じられない。
これから起きる事を予感してなのか、息を潜めているかのように。
ただ在るのは、うっすらと影を長引かせる数人の男女だけ。
その中で深い色を湛えた瞳で前を見据える二人の男と、女。
「愚かなお前達。どうなっても知らないわよ」
「ああ、止めるなら今のうちだ。お前達の血が、あの月を紅く染めあげる前に」
校舎内鬼ごっこ
「アンタ達。小刻みに震えながら吐く台詞じゃないわよ」
レオナは手に持っている懐中電灯を、産まれたての小鹿のように震えてるとポップに当てた。
「「ギャッ!」」
「懐中電灯当てただけじゃない。ビビリ!」
蔑むような目は、レオナからだけではなく、マァム、ダイからも発せられていた。
「う、うううぅるせえぇぇ! 誰がビビリだ! おい! 何だその目!」
「そ、そうよッ! こ、これは……武者震いよッ!」
「そんなへっぴり腰の武者がいてたまりますか」
吹けば倒れるような二人に、レオナは容赦なくツッパリをかます。
「おわッ! やっ! やめっ!」
「ねぇ、遊んでないで早く行こうよ。見つかると本当にヤバイんだからさぁ」
ダイはすっかり灯が落ちた、いつもの学び舎を指差した。
「そうね、ダイ君。こんな落武者にかまってる時間はなかったわね」
「誰が落武者か!」
「拙者らは真の武人ぞ!」
「ウザイ。実にウザイわ」
盛大な舌打ちを披露するレオナ。
「まぁまぁ、レオナ。こうしてあなたの夏休みの課題を手伝ってくれてるんだからさ」
慈愛の天使に宥められては、さすがのレオナも閉口せざるを得ない。
「そうだけどさぁ……。”我が校に残る七不思議の真相に迫る”! この崇高なるテーマに挑むには夜の学校に忍び込む人員が必要だったから呼んだけど…………こんなヘタレだと思わなかったわ! しかも二人!」
追い打ちをかけるように睨むが、は負けじと声を張る。
「な、何よ! 大体、忘れ物して取りに行くからついて来いって言われたから来たのよ!? こんな肝試しまがいの事をするんだったら来なかったわ!」
「そうだそうだ!」
ポップはの背中から顔を覗かせて便乗する。お化けも怖いが、レオナもコワイ。
「仕方ないじゃない。一晩で七不思議を全部検証してまわるのよ? 人手はいくらかないと心許無いもの」
ポップはの背中から乗り出して、噛み付くように声を荒げる。
「その七不思議っていうのがヤバイんだよ! ウワサじゃ実際には六つしかなくて、七不思議を調べたヤツが最後の七つ目の不思議にされちまうとか言うじゃねーか! …………ま、まさかお前ぇ!」
「あら、聡いわね。ご明察。七つ目の不思議が出来る瞬間を見るのが、このツアーの真の目的よ」
「ば、バカかオメェは!! ンな事したら夏休み明けにその課題も提出出来なくなるじゃねーか! そればかりか放課後の魔術師とか出てくるわ密室トリックで先輩が殺されるわ壁の中に死体を見つけるわで……!」
己の手を見つめながらふるふると震えるポップ。
「マンガの読みすぎよ、ポップ君。まぁそうなっても面白いんだけど」
面白い訳あるかーー!という叫びはダイの手で留められた。
「本当に見つかっちゃうよ!? 夜、学校に忍び込んだ事がバレたら……アノ先生達にどんだけ叱られるか!」
そうだ。
イロモノ教師がわんさかいるこの学校の校則を破って行動する。
それは正に神をも恐れぬ所業。
生と死は紙一重。
デッドオアアライブ。
死にたくなければ生き残れ。
教師一人一人にねっちりお灸を据えられた後、校内全部のワックス掛けを一人でやらされたくなければ、見つかるな。
経験者のダイの目は、そう語っていた。
超人並みの握力で口を塞がれたポップは、ああそういえば、ダイの打ったホームランボールが職員室に飛び込み、さらには職員全員のお気に入りのマグカップや湯呑みを粉々に破壊した事があったっけなぁ……、なんて薄れゆく意識の中でポツリと思い出した。
「グッジョブ、ダイ君!さぁ、チャッチャと行きましょう!」
オトされたポップと今だ抵抗するを引きずって、学び舎へ侵入した。
学校という場所は、生命力に満ちた日中とはうって変わって、こうして灯が落ちると途端にどこまでも無機質で硬質な空気に包まれる。温もりを感じさせないヒンヤリとした建物は、生ある者を拒んでいる気さえする。それは嫉妬と羨望、あわよくばその生の温もりを得ようと耽々と狙う視線を感じるのも気のせいだろうか。
「ねぇ、七不思議って何があるの?私知らないんだけど」
「オレも聞いた事ない」
「そうね、全部知ってる人は少ないかもね。んとねぇ、私が調べたところによると、『音楽室にあるベートーベンの肖像画の目が光る』『三階の女子トイレの一番奥の個室に花子さんが出る』『美術室にある手の型の石膏の中には本物の人骨が埋まっている』『理科室の骨格模型は初代の校長の骨』『開かずの部屋がある』『夜中のプールに昔溺れた生徒の霊が出る』……だって」
「……見事にお約束な不思議だね……」
一つ一つに小さな悲鳴を上げるを無視して、マァムは感想を述べた。
「んで、やっぱり六つなんだね」
「ええ。いくら調べても出てこなかったわ。音楽室のピアノが勝手に鳴る、とか似たような話はベートーベンと一括りにしていいと思うし」
レオナはA5サイズのノートを懐中電灯で照らしながら説明した。少しでも明かりの近くに寄ろうとはすり寄って来る。そのの頭をさすりながら淡々と口を開くマァム。
「じゃあどこから行く?」
「マ、マァム怖くないの??」
はマァムの制服の裾をくいくい、と引っ張る。
「んー……、あんまり。もし何か出たとしても、倒せそうな気がするのよね!」
グ、と拳を作るマァムに頼もしさを感じるよりも、何て事を考えるんだと恐ろしさの方が上回ったであった。
「じゃあまずは音楽室に行ってみましょうか」
5人は4階の音楽室へと向かった。
「……どう思う?」
「どうって…………ねぇ?」
「うん…………光ってるしねぇ……」
気が付いたポップはまたすぐにひっくり返りそうになったが、またもやダイによってその口は塞がれていた。の口にもマァムの手で封がされた。
天井に近い壁に飾られた、音楽家達の肖像画。
レオナがしかめっ面の音楽家に懐中電灯を向けると、両目が鈍く光った。
「「んんーーッ! んーーー!!」」
二人は卒倒寸前だ。
「…………なんかヘンね」
レオナは懐中電灯を肖像画に当てたり外したりしてみる。
すると当てた時だけ光るように見えた。
「マァム、肩車してくれる?」
「いいわよ」
軽々と担がれると、レオナは肖像画を注視する。
「…………がびょーん」
「は?」
股下から、何言ってんの?的な声色が聞こえる。
「ホラ」
手渡されたものを見る。
「……画びょう……」
「これまたお約束だねー」
「やっぱりなー! そんなこったろうと思ったよ!」
「そうよ! こんな子供だまし!」
すっかり安堵したとポップは、やっと腰を真っ直ぐにして立つ事ができた。
気が大きくなった二人をレオナは睨み付ける。
「……まさか全部こんなんじゃないわよね? 冗談じゃないわ!」
「おし、次! サクサクっと行こうぜ!」
「こうなったら早く終わらせましょう!」
断然ヤル気の出た二人に、本気で連れて来るんじゃなかったと後悔しはじめたレオナだった。だが肩を落としてる時間はない。
「このままじゃ終われないわ! よし! 次行きましょう!」
得意の切り替えの速さで顔を上げ、音楽室を出たレオナと一行であった。
「じゃあ次は?」
早くも飽きはじめたのか、ダイはあくび交じりにレオナに尋ねる。
「隣の美術室が近いわね」
「美術室っていうと……人骨が埋まった手型の石膏?」
「お前ら、美術部員だろ?見た事ないのか?」
「手型の石膏はあったかもしれないけど…………ていうかさ、それをどうやって調べるの?もしかして割るとか?」
「ちょこっとね」
そう言ってレオナはどこからかトンカチを取り出した。
「ちょ……っ! そんな事したらロン・ベルク先生がキレるわよ!?」
「あるイミお化けよりコワイんですけど!!」
「だーいじょうぶよ、一個ぐらい。地震があったとか何とか言えば平気よ〜」
マァムとの制止などお構いナシにトンカチで素振りをはじめるレオナ。
「一個だけって雰囲気じゃねーな……」
「石膏像、全部壊しそうだね……」
一歩下がってポップとダイは女三人のやり取りを見つめていた。
ふと何気なく廊下の窓から中庭を挟んだ向かいの校舎を見たダイは、その身を硬直させた。
「なに、アレ」
「はぁ〜?」
ダイの声が掠れていた事に少しでも気付いていたら、ポップは見なくて済んだかもしれない。その愚かさにこの時気付けなかった事を、後々後悔する事となる。その為、言われたままダイの指差す方向を見やってしまった。
その声に女子達もつられて視線を向けた。
いる。
白く長い髪を持った、何かが。
そして
狙いを定めるように
こちらを
見た。
「「ギャーーーーーー!!」」
走った。
形振り構わず。
それぞれが四散してしまった事にも気付かずに。
似た思考の持ち主だからか、とポップは何故か同じ方向に逃げていた。
握った手が異様に汗ばんでるのにも気付かないほど、必死だった。
いくつ階段を下りて上ってどれだけ走ったかなど覚えていないが、もつれそうになってようやくその足を止め、息を落ち着かせる。
「はあっ! はあっ!」
「……はあ……っ! ……だいぶ……逃げたよな……!」
ここは校舎内のどこだ?
ポップは膝に手をつけて肩を上下させながら、おずおずと顔を上げて周囲を見渡す。
理科室の前。
「2階か……」
思考が正常に戻りはじめた。
クールであれ。
今更そんな事を思い出したポップは、まだ息を荒げてるの様子を窺おうとした時、ふ、と思った。
……待てよ……
理科室?
理科室といえば……
ギイィ……
呻き声のような音を立てて理科室のドアが開く。
とポップは微動だに出来ないまま、永遠にも感じられるそのドアの動きを呼吸を忘れて凝視した。
顔だけ覗かせる骨格標本。
恐怖は弾けた。
「「………………ッッ!!!」」
声にならない悲鳴を上げ、再び逃げ出した。
「こ、ここここ、ここ!」
はポップを引っ張り、共に校長室へ逃げ込む。ここなら施錠が出来ると瞬時に思ったからだ。
カチン、と鍵をかけると、部屋の奥の大きな机の下に潜り込んだ。
「はぁはぁはぁ……、こ、ここまで来れば……」
「……はぁ……はぁ……そ、そうだね……」
やっと心から落ち着ける。
そう思った時だった。
カチン。
二人は思わず、縋り合った。
何故 どうして 鍵を
地獄の扉が開くではないかと思えるような重く鈍い扉の呻き声は、とポップを震え上がらせた。否、震える事すら出来なかった。
息も、殺せ。
微塵でも気配を出せば獲って喰われる。
本能がそう囁いていた。
ヒタ…… ヒタ……
一歩、二歩と近づく足音に、全身から嫌な汗を噴き出す。それすらも認識出来ないほどではあったが。
ヒタ…… ヒタ……
一歩、また一歩と、二人の隠れる大机に近付くのがわかる。
しがみ付くお互いの体に爪立てるほど握り、掴む。
見えない切っ先が喉元に宛がわれている気がする。
ふ、と。
足音が止んだ。
そして喉に絡みつくような嫌な空気も薄まった。
お互い感じ取ったのか、とポップは顔を見合わせる。だがまだ身体にすがり付く力を緩める事は出来なかった。
そのまま幾ばくかの時が流れた。
カチ……カチ……、と部屋に置かれた時計の秒針が刻む音がやけに耳につく。
一度机から出て様子を窺おうか、そう思ってお互いは目を合わせた。
ギシッ!ギシッ!
「「ヒッ!!」」
二人は思わず上を見上げる。
机の上に乗っている!
しかも机の背面から、自分達が入り込んだこの前面へと移動しているのがわかる。
這いずる音がすぐ上から聞こえてきても、二人はさらに身を寄せ合うしか術は無かった。
身体の震えが止まらない。
来る。
ダラリ
垂らされた白く長い髪から覗く老人の顔。
「知らなかったのか?校長からは逃げられない」
絹を裂くような悲鳴が夜の校舎に響き渡った。
翌日。
校長のバーンに事の次第を白状させられた五人は、夏休みの最中、担任も呼び出されてこっぴどく叱られた。
とポップはレオナ、ダイ、マァムの刺さるような視線を受けながら全校内のワックス掛けに勤しんだ。
ちなみに、バーン校長は理科室に立ち寄ってないとの事だった……。
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(2006.8.6)
七つ目の不思議 『校長(大魔王)からは逃げられない』 でした。
バーン校長は何で夜中に学校にいるのかも謎^^; 永遠の謎。
←挿絵はネタバレになるのでこちらに。ネタバレって言うほどのレベルじゃないですが^^;