対立は愛情の裏返し?


 

爽やかな朝。
 静寂を孕んだ朝焼けに、其処彼処で啼く雀の声が響く。
 早朝の空気は日中の強烈な日差しなど予感させないほどに冷えている。
 物音の一つもしない静謐な早朝。
 普段なら街中が活動を始める前に起きる事など有り得ない。
 だが僅かな物音に目を覚まし、何事かと玄関先まで眠たい目を擦りながら出て来てみれば。

 「…ヒュンケル兄さん?」

 と、もう一人。

 「…ラーハルトさん?」

 何があったのか、二人して玄関に寝転んだまま微動だにしない。
 無用心にも開け放たれたままの扉から冴えた早朝の外気が流れ込んでいる。
 差し込む朝日の光は、寝起きの目には些かきつ過ぎるほど眩しく、思わず目を細めてしまう。
 ぐったりと折り重なるように玄関に倒れ込んでいる二人の髪が、鋭い日の光を反射して金と銀に輝いている。
 本来なら見下ろす事など出来ない派手な二つの後頭部を、活動を始めたばかりの目で見下ろす。
 自分が休日の早朝から目を覚ます原因になった物音は、彼らの所為だったのだと鈍い思考が告げる。
 ぼんやりとアルコールと煙草の匂いを漂わせ平和に寝転んでいる二人を見下ろし、ゆっくりと自身の呟きに頷く。

 「…水」

 そういえば、洗車用のバケツが車庫に置いてあった筈だ。

 





 対立は愛情の裏返し?










 ソファに踏ん反り返る顔色も人相も半端無く悪い男の名は、ラーハルト。
 同じくソファに身を沈めてぐったりしているヒュンケルの高校時代の同窓生にして数少ない彼の友人だ。
 歳こそ一つ違いだが、学年は同じだ。その事がには心底気に入らない。
 学年さえ違えば彼ら二人が『友人』となる事は無かっただろうに、と幾度思った事か。

 二人して濡鼠になっているのは言わずもがな、が大型のバケツに張った水を容赦無くぶち撒けた所為だが。
 先程からタオルで水を拭っていたものの、大量の水はその程度では乾かしきれないようだった。
 派手な髪は水気を含んでぺったりと落ち着き、時折水を滴らせては其処彼処に水溜りを作っている。
 とまれ、ソファに思い思いの格好で座す二人をは腕を組み、仁王立ちで睨み付ける。

 「で、どういう事ですか」

 半眼で問うが、長兄は先程からぐったりしていて声も出さない。
 妹に水を掛けられた事が余程ショックだったのか、或いはただ酒気が抜け切っていないだけなのか判然としない。

 「見たままだ。何を疑問に思う事がある?」

 せせら笑いを浮かべ――とは言え濡鼠であまり格好はついていないが――、口も聞けない様子のヒュンケルに代わってラーハルトが答える。
 にとって彼の態度は妙に癇に障って堪らない。
 眦を吊り上げ、地を這うような声色で応じる。

 「質問に質問で返すのは軟弱者のする事らしいですよ」
 「見たままの状況をわざわざ訊く理由がオレには分からん」

 鼻で哂う目付きの悪いラーハルトに行儀悪く舌打ちしそうになるが、どうにかそれを押し止め、引き攣った笑顔を作る。

 「相変わらず横柄で何よりです、ラーハルトさん」
 「それはどうも、
 「褒めてませんし」
 「そうか?オレには褒め言葉にしか聞こえなかったが」
 「凄い理解力ですね相変わらず」
 「そんなにオレを褒め称える必要は無いぞ」

 婉曲な嫌味にも動じない長兄の悪友に、早朝から下らない事で目覚めてしまったの機嫌は急激に下降していく。
 顔を合せれば、大体いつもこうだ。
 取り立てて彼と仲が悪いわけではない。 
 だが、この余裕綽々という態度がどうにもこうにもの気に障る。
 検察官志望だか何だか知らないが、やたら弁の立つ彼にこういった応酬で勝てる見込みは、未だには無い。
 次兄ならばまだ対等に遣り合えるかもしれないが、暢気な事に件の次兄は未だ夢の中だ。
 因みに、末兄は部活の朝練で早くから家を出ていて今は居ない。
 末兄にだけは過剰すぎる敬意を払って接するラーハルトの事だ。末兄が居れば彼を遣り込める事など簡単に出来るだろうが、今居ない人間に何を期待しても無駄というものだ。

 援軍は、無し。是非も無し。

 「ヒュンケル兄さん」

 逡巡して険悪な視線を長兄にやるが、当の本人はタオルに顔を埋めたまま力無く項垂れている。
 暫らくの沈黙の後、ようやく、だが酷く緩慢に頭を振って生気の無い声を上げる。

 「……出来れば後にしてくれ」
 「今言わせて下さい。友達は選んで下さい」
 「…善処する」

 呻くように吐き出された言葉に、下降の一途を辿っていたの機嫌が僅かに良くなる。
 が、

 「友達を選ぶ前に妹を選んだ方が良いぞ」

 唐突にラーハルトに横槍を入れられた。
 は一層険悪さを増した視線を顔色の悪い男に突き立てるが、嘲笑にも似た余裕の笑みで返される。
 嫌味も何も通じないラーハルトに歯噛みするが、それさえも楽しげに眺めている彼にの苛立ちだけが募る。

 顔色が悪いのは半死半生状態のヒュンケルも同じだが、彼の場合は元々むやみやたらと――実は他の星の人ではないかと疑った事があるほど――顔色が悪いだけだ。
 いかに人の肌の色では無いような血色の悪さを誇っていようが、ラーハルトの体調は全く悪くない。

 今にも生命活動を止めてしまいそうな長兄など比較にもならないほど、毒舌の冴え渡るラーハルトに――認めたくは無いが気圧されながらもどうにか向き直る。

 「…どういう意味ですか」
 「そのままの意味だが。解説して欲しいのか?」
 「ええ、是非とも御教授願いたいです」

 にこやかに、だが辛辣な棘を含んだ声色でラーハルトを促す。
 敵意を込めた笑顔を気にも留めず、軽く口角を吊り上げたラーハルトは長兄の肩に軽く手を置く。

 「酔い潰れて帰って来た兄とその友人に容赦無く水をぶっかける妹は持たん方が良いぞ、ヒュンケル」
 「…オレに振るな」

 いい迷惑だと言わんばかりに、ヒュンケルは肩に置かれた手を素早く振り払う。
 これでお互いに『友人』だと言うのだから、この二人の感性は尋常では無いのだろう。
 とまれ、徐々に清浄な早朝の空気に侵食していく酒精と煙草の臭いには顔を顰めて溜息を吐こうとして――止めた。
 肺の空気を入れ替える為の呼吸は、却って肺に酒精を取り入れてしまうような気がする。
 息苦しさを覚え、空気汚染元の大の男二人を軽く睨んで愚痴を零す。

 「そもそも酔い潰れるまで呑まないで下さい。朝から酒臭いのは御免です」
 「別にお前が酒臭くなるわけじゃないだろうが」

 大した事では無いと言い切るラーハルトに、は呆れとも怒りとも付かない心情で呻く。

 「気分が悪いんです。教育上良くないと思いませんか、ヒュンケル兄さん」
 「…頼むから、オレに振るな」

 項垂れ、力無く呟く長兄の姿は何処か哀れだ。
 だが、酒気の発生源になっている以上、同情する事などには出来ない。
 そもそも、ヒュンケルが酔い潰れているのは自業自得というものだ。同情の余地は元々無い。
 完全に潰れてしまったヒュンケルに呆れてか、ラーハルトは深々と溜息を吐く。

 「大体、呑みに誘ったのはヒュンケルの方だぞ。それなのにさっさと潰れて…全く情けない」
 「そうなんですか。ラーハルトさんに呑み負けるとは…ヒュンケル兄さん、わたしは妹として情けないです」

 心底不本意だが、同じ様に頭を振って呆れるラーハルトとの心情は然して変わらないだろう。
 ヒュンケルを情けなく思う、ただその一点に限ってのみは。

 「…お前ら、分かってて言ってるだろう…」

 僅かに顔を埋めていたタオルから血の気の引いた顔を上げ、ヒュンケルが呻く。
 だが。

 「何の事だ?」
 「本当に。何の事か見当もつきませんが」

 ラーハルト共々一括りにされた不機嫌さを隠しもせず、は早朝の空気よりも尚冷めた目でヒュンケルを見下ろす。
 普段と視線の遣り方は全く逆だが、言っている事もやっている事も普段と然して変わらない。
 まあ、普段よりは二割増ほど冷淡な態度である事は認めるが。
 今更こんな応酬如きで動じる長兄では無い筈だが、流石に調子の出ないまま無闇やたらと相性の悪い二人の間に挟まれているのは荷が重かったのか。
 ヒュンケルには投げ遣りに手を振り、長兄としての全権を放り捨てた。

 「……分かった、もう良い。勝手にしてくれ」
 「じゃあそうします。二人とも、さっさとシャワーでも浴びて酒臭さと煙草臭さをどうにかして来て下さい」

 駄目な大人の見本になっている男二人をさっさと追い出そうと、びしり、と浴室の方を指差す。
 苛立つに追い討ちをかけるようにラーハルトが肩を竦めて苦く笑う。

 「神経質な奴だな」
 「消臭剤を頭から被りたいならそこで踏ん反り返っていて下さって結構です」
 「…オレが先に行く」

 早朝からの険悪な遣り取りに耐え切れなくなったのか、酷くゆっくりとヒュンケルは席を立つ。
 普段の長兄からは想像も付かないほど緩慢に浴室へ向かうその背には、『これ以上付き合ってられん』と言わんばかりの空気が漂っている。

 「ああ。水を貰うぞ」

 ついでとばかりに――だがヒュンケルトは対照的に、機敏に席を立ったラーハルトは冷蔵庫のあるキッチンへと向かう。
 駄目な大人が二人でリビングを出て行く様は、『ああはなりたくない』と に堅く誓わせるものがある。
 一つ小さく欠伸をし、は無駄に派手な金色の後頭部に投げ遣りな――だが殺気を込めた声を投げる。

 「どうぞご勝手に。次起きた時にまたお酒を呑んでいたらライターで燃やして差し上げますから」

 純度の高いアルコールは引火し易いのだ。
 ライターはそこら辺にあるから何時でもどうぞ、と僅かに肩が跳ねた長兄の背に釘を刺す。
 嵐が去って、静かになった途端に眠気に襲われる目を擦り上げる。
 そういえば、ずっと寝巻きのままだった、とぼんやりと思いながら。

 

 

 末妹に言われた通りにシャワーを浴び、さっぱりしてリビングに戻ってきてみれば。
 ソファの背に腰掛けてグラスに注がれた水を飲んでいる悪友が居た。
 何故そんな所に座っているのだと訊こうとして、その疑問は意味が無いものだと即座に理解する。
 先程まで自分達が濡鼠で座っていたそこに、末妹が丸くなって寝息も立てず、静かに眠っていたからだ。
 ソファは水浸しになっていた筈だったが、自分達が出て行った後で水を拭き取ったのだろう。
 湿気を含んだタオルが、末妹にしては珍しく、床に無造作に放り置かれていた。
 静かに眠る末妹を微笑ましく思いながら、朝から迷惑を掛けた事を胸中で詫びる。
 ふと。

 「ヒュンケル」

 ぼそりと呟かれた悪友の声を拾えたのは、今のヒュンケルにとっては奇跡に近かった。
 ただ、先程まで末妹と険悪というのも生易しい棘に満ちた応酬をしていたこの悪友の事だ。
 碌な事を言わない筈が無い。
 とはいえ、放って置くのも気味が悪い。ついでに言えば、放って置いても碌でも無い事を言うに決まっている。

 「…何だ?」
 「十年後が楽しみだな」

 丸くなって眠る末妹を横目で眺めながら、何処か楽しげに呟く悪友を思わず注視する。
 何が、とは――何故か分からないが――訊き返せなかった。
 ただ、この二人は愛情表現の歪み方が良く似ている、と冷静に納得した自分がいた。

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柚原様にリクエストさせていただいた「ダイ大現代パラレルでラーハルト登場」!!
柚原様宅の夢主ちゃんはどこにもいない可愛さを持っていて、ちゅちゅはゾッコンラブなんです!
我が家に来てくれー!!むしろウチの子になりなさーい!!ハァハァ!!(逃げて)
ヒュン兄と飲み潰れるまで飲み明かす仲の良さに、私の妄想のツボを鷲掴みvvその酒宴に混ぜてくれ!
!ラーハルトは きっと夢主ちゃんが大好きなんですよー!!素直じゃないんですよー!!たまりません・・・!!
勝手なリクを快く、しかもすばらしいお話しで受けて下さって本当にありがとうございました、柚原さん!!

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