返品できません

 宿屋の階段を上がる、軽やかな足音が聞こえてくる。

 アバンはその音の主を知っている。
 天使が駆ける様なその軽いリズムは、買い物から帰ってきた愛しい恋人の嬉々とした足取りに違いないのだ。
 耳に届く心地良い音色に思わず聞き入る。
 満面の笑みで出迎えよう。アバンはそう決めると、部屋の扉が開くのを背中越しに、今か今かと待ちわびた。

 コンコン、というノックの後に、扉が開く。
「アバン先生、ただいま!」

 ほらね。

 アバンは意識せずとも零れた笑みのまま、振り向いた。


 ブッフォ!!





返品できません





「ちょ……! ど、どうしたんですか、その格好!?」
「え? 格好?」
 タツキは自分の身体を見下ろす。しばらく眺めた後、満面の笑みをアバンに向けた。
「カワイイでしょ?」
 さながら花が風に揺れているように、小首を傾げながら笑顔を綻ばせるタツキに、アバンは一瞬言葉を失った。が、理性をフル動員させて口を真一文字に結び、なんとか仰け反る身体を押し止めた。
「かっ、可愛いですけど…………過激すぎますッ!」
 タツキはもう一度見下ろした。

 今しがたベンガーナのデパートで買った新しい服は、胸の部分だけを覆う面積の狭い赤いビキニ。
 そして一応下腹部を隠すだけの巻きスカート。
 しかもミニ。
 それだけだった。

 衣服よりも肌の露出部分の方が断然多いが、タツキはそれに何の恥じらいも疑問もない。むしろ赤いビキニが気に入って購入したのだ。
 きょとんとした顔を上げる。
「過激……ですかね? 動きやすいのに」
「ダメです! 返してらっしゃい!!」
「えぇーー!!」
 タツキはアバンが何故怒るのか分からなかったが、怒る顔が赤いのは憤激からだけじゃないのも分かっていなかった。
 赤さの正体を分かっているアバン本人は、威厳の保持にせめて表情だけは強張らせてみている。タツキはその表情に怖さは覚えないものの、怒られているという事だけは辛うじて分かったようだった。
「そんな格好でデパートからこの宿まで歩いてきたというんですか!? 何という危険な事を……!」
 アバンは大げさに顔を手で覆って俯いてみせる。
「キ、キケン??」
 そりゃ確かに少し露出は多いけど、許容範囲内じゃない? 若人のタツキはそう思っていた。しかし、魔王軍と戦っている最中から来ている服はこんな感じだったという事実を言わない方がいい事は、本能で感じ取った。
 せっかく気に入って買ってきたし、タツキは返品などしたくはない。口を尖らせて抵抗してみる。
「そんな目で見るのはアバン先生だけですよー」

「………………ほぉ」

 瞬間、アバンの目が光ったようには見えた。

「たとえばこんな目で?」

 覆っていた手から上げた顔をこちらに見せると、その瞳の色にタツキは思わずヒクリと身体を強張らせ、後ずさった。
 欲の色を含んだ目から逸らす事を許されず、視線を交わらせたままジリジリと窓際まで迫られる。足が壁に着き、これ以上下がれなくなると、アバンは身体を密着させながらタツキを窓枠に軽く腰をかけさせた。出窓ほどではないが腰を預けさせられるほどの奥行きを持った窓枠で、タツキはすっぽりとその中に収められてしまった。
 するとアバンは無言のまま重ね合わせた身体をずらし、首筋に唇を軽く落としていく。途端にタツキの体温は急騰し、奥底の熱が燻りはじめる。
「せ、せんせぇ……!?」
 タツキはこの部屋が二階とはいえ窓の外が大通りに面している事をすんでのところで思い出すと、そのまま意識を委ねきってしまう事は出来なかった。喉を仰け反らせながら、なんとか抵抗の言葉を紡ぐ。
「ちょ……だめ、外に見えちゃう……!」
「その格好でいるあなたがここから見られるのと、外を歩いているのとは、同じ事じゃないですか」
「ち、違う! 全然違う!」
 熱に浮かされながらも普段とは違う子供じみた事を言うアバンに反論するが、首筋にねっとりと舌が這われると、出てくる声はくぐもったものにすり変わってしまう。逃げようにも窓枠に閉じ込められてしまっていて、容易に身体を動かせない。背中の窓は立て付けられていて開く事も出来なかった。
「私と同じ目であなたを見る輩がいたら、こんな事されてしまう可能性もあるわけですよ?」
 ああ、まだ怒っていたんだ、とタツキは舌の感触を感じながら蕩けそうな頭で思った。先程歩いていて分かっていたが、この道は人の流れが途切れる事なく続くほど賑わっている。二階ほどの高さしかないこの窓の様子を、いつあれだけの往来の人々が気付いてしまうかもしれないことを考えると、タツキは恥ずかしさに居た堪れない。どうか誰も気付いてくれるな、と沸騰寸前の頭で祈る事だけを繰り返した。
「おや? あの男なんてこちらに気付きそうだ」
 タツキは羞恥に震えた。
 愛を語らう様を衆人の前に晒すのを、目の前の男は平然とした顔でやってのけるとタツキは分かっていた。時々暴走するハタ迷惑な度胸をアバンが持っている事をよく知っていたからだ。気付きそうだと言いながら微塵も抜け出す隙を与えず、さらに唇を降下させて大きく開いた胸元にキスを落とせば、本気でいる事を肌で感じ取る。
 キスの雨に蕩けるように身体の力が抜けていく。このままでは本気で抵抗出来なくなる事をさとったタツキは、真っ赤な顔で白旗を揚げた。

「かっ、返してきます……! 今すぐ返してきますから……!」

 胸元から顔をゆっくりと上げる。

「それは良かった」

 満足気に微笑んでいるアバンに、タツキは怒りを通り越して呆れさえしてしまう。
 遊ばれているようで面白くないが、抵抗しても敵うことなど出来ないのを分かりきっているタツキは真っ赤な顔で睨みつける。
「んもう……!」
 そしてそっぽを向き文句を呟いてみせるが、窓枠から下ろされて着けた足がふらついてしまい、威勢などあったもんではない。もはや観念とばかりにタツキは窓から離れ、フラフラと歩き始める。
「じゃあ、返してきますね……」
  が、その瞬間、手首を掴まれた。
 タツキは何事かと振り向くと、あっという間にアバンの腕の中に収められていた。
「せ、先生?」
 顔を上げると、深い色を湛えたアバンの瞳とぶつかった。

「返すのは……後でいいんじゃないですか?」

  気付けば、抱かれている身体のなんと熱いこと。
 脅すつもりが引き返せなくなってしまったのは自分の方などと、決まりの悪さにアバンは微妙な笑みを零している。そしてその決まりの悪さを誤魔化すように、我慢が堪えきれないように、性急に口付けを落とした。



 返品せずに済んだが、 タツキはそれ以降、その服を着る事はなかったという……。
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龍姫ちゃんとの相互記念にお贈りします!
艶っぽいアバン夢というリクだったのに、出来上がってみたらただのエロいオッサンになってる件…(´Д`;
ご、ゴメンなさい、遅くなった上にリクを踏まえてないという暴挙に出た無礼者で…!
一応、原作後の二人旅設定。
これに懲りず、仲良くしてくれると嬉しい、な……!!(土下座)

それでは、これからもどうぞヨロシクでっす^^