風と共に去りぬ
「お呼びですか、陛下」
「、この手紙を読んでみてくれる?」
女王の執務室に女王自らお呼びがかかる。
これはいつものこと。
レオナの相談役の私は一日のほとんどをこの部屋にて過ごしている。いつもは相談事に耳を傾け、口論を重ねながら励ましていく。たまに愚痴の混ざったお茶に付き合うのも私の仕事。
だけど今日呼ばれた内容は初めて聞くものだった。レオナがそう言って差し出した手紙は、上質の紙で明らかにやんごとない出のもの。
「私などが読んでも……構わないのですか?」
「いいのよ。貴女に関係ある内容なんだから」
こんな上質の手紙に私の事が書かれてる?そんな不自然さを感じつつ私は言われるままに手紙に目を落とす。
「――陛下!」
「国としては悪い話じゃないのよ。これでリンガイアとの国交も発展するでしょうよ」
手紙の最後までを読みきる前から私は声を荒げる。最後まで読む余裕なんてなかったから。
その手紙に書いてあったのはつまりこんな内容。
「貴国の女王陛下の相談役及び騎士団指南役の殿
わが息子ノヴァの嫁として来ていただけないか
リンガイア王国 将軍 バウスン」
「な、何なんですか、コレ……?」
「だから見ての通り、縁談よ」
「どうして縁談なんかが私に!?」
「まぁ知ってはいたけど、バウスン将軍はのことをいたく気に入っておられてね。出来れば嫁として欲しいって事でしょ」
「で、でも……」
「実はウチのロッテ守衛長はバウスン将軍と従兄弟同士なのよ。さっきも言ったようにリンガイアとはほんの少しの交易とロッテ守衛長ぐらいでしか繋がりがないのよ。これを機会に外交が盛んになれば言うことないわ」
どんどん周りを固められていき、逃げ場がなくなってきている感じだ。国家元首としての言葉しか聞こえてこない私はレオナの気持ちを量りかね、不安に駆られた。
「レオナぁ……」
「情けない声出さないの。あくまで国としては、ね。守衛長はノリノリよ。年甲斐もなくはしゃいじゃってるんだから。断るにしてもそれなりの理由がないと、説得できないわよ」
レオナはイスの背もたれに身体を預けると、一息つけるかのように紅茶の入ったカップに口をつけた。
「それなりの理由って……」
「他に好きな人がいるとか?」
「そ、そんな人……!」
「いないの? 本当に?」
レオナは大きな目で見上げてくる。うう、怖い。
「いる……かも……知れないけど……でもそれだけじゃ」
「そうね、弱いわね。お付き合いしてるとか、結婚の約束してるとかがないとねぇ」
「そ、そんなこと……! 気持ちも伝えてないのに……!」
「後は奪いに来るとか。まぁ彼はそんな事出来るわけないか」
「ヒュンケルがそんなことするはずないじゃない!」
「誰もヒュンケルとは言ってませんけど?」
「……っぐ!」
我ながらバカだと思う。
誰にも言ってなかった事なのに、自ら暴露してしまった。しかもよりによってレオナに……。
「ヒュンケルかぁ、ヒュンケルねぇ……」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるレオナ。
「レオナ、ズルイ」
口を尖らせ、せめてもの反抗をする。
「でもよりによってヒュンケルね……」
「え?」
見せる瞳は君主としての目だった。
「もしヒュンケルと一緒になると言うのなら、あなたをこの国には置けないわ」
「レオナ……」
「分かるわよね? 彼はかつてこの国を滅ぼした。いくら正義の戦士となったといってもその事実は変わらないのよ。」
そう。
紛れもない事実。
罪は許されても全てが許されたわけではない。
全てを知らない民草の中にはいまだあの惨劇を忘れられない者もいた。家族や知人が殺された者には、大魔王が倒れたからといってその傷が癒えるにも納得するにも時間はまだまだ足りなかったのだ。
「ええ……分かっているわ」
「我が国としては貴女を手放すのは惜しいわ。それにロン・ベルクの元に弟子入りしてるとはいえ、ノヴァとの結婚ならリンガイアへの輿入れとして太いパイプも出来る。これ以上ない、いいお話しなのよ」
「国としては……ね」
「ええ、そうね。それを強制はしないわ。あなたの意志で今後を決めなさい。」
「……私、ノヴァに会ってくる! 二人で反対すればどうにかなるわよね!?」
私は思い立ったらすぐに部屋を飛び出していた。
レオナの言葉も聞こえずに。
「反対するかしら……?」
ルーラで着いた先の一軒の山小屋からは金属の鳴る音が聞こえてくる。その煙突からは煙は絶えない。
実はここには足繁く通っている。
種族も性格も違うのに、私と小屋の主ロン・ベルクは仲が良かった。同じ二刀流の使い手だからかしら? 私の独りよがりでなければ気を許してくれてると思う。
「こんにちは」
小屋に入ると、ロン・ベルクはいつもの酒瓶を傾けている。最近は少しお酒の量が減ったみたい。その原因は彼。
「!」
ノヴァは打つ金槌を止め、こちらに笑顔を見せる。
彼がロンの腕として金槌を振るい懸命に技を覚えようとする姿に、ロンは新たな楽しみが見つかったと言葉少なに私に喜びをこぼしていたのだ。
「こんにちは、ノヴァ」
ここまではいつもと変わらない。
いつもと違うのは今日は先に来客があった。
「?」
「ヒュンケル、来てたの……?」
無性に逢いたかった想い人が目の前にいる。
だが先程のレオナのやり取りを思い出し、嬉しがるより気恥ずかしさでつい目を逸らしてしまった。
そして早駆ける心臓を煩わしく思いながら、ここに来た目的を必死に思い出す。
「あ、あの……ノヴァ、話があるんだけどちょっと……いい?」
「は、はい! し、師匠、いいですか?」
「ああ、構わんよ」
ヘンな風に思われないかしら?
人の前では話せないような話を、男の人を呼び出してする事に……。
ああ、どうしてこんな時に来てるのよ。
恨めしく思いながら小屋から出る前にヒュンケルの様子をチラリと窺うと、表に出さないまでも気になるのか、視線だけをこちらに向けていた。
「あの……さ……、お父さんから話、聞いてるよね?」
「あ、ああ……、昔から思い立つと止まらないところがあって……急な事でビックリさせてしまってごめんな」
やっと自分の意見に賛同してくれる人が見つかったので、私は思わず気を良くしてしまった。
「本当にビックリしたわよ! なんか本人を差し置いてどんどん話し進んじゃってるし……! ねぇ!バウスン将軍のところに話しに行こう! 二人で反対すれば考え直してくれるよ!」
だがノヴァはやや俯き、その私の案には乗ってこなかった。不思議に思った私は声をかける。
「……ノヴァ?」
「……ボクとしては降って湧いたような、夢のような話なんです」
「え?」
そう言って上げた顔は紅くしながらも男の顔だった。
「ボクは……の事が好きだ」
全身が熱くなり、今までに感じたことがない心臓の動悸を感じる。
「……ノ……ヴァ……?」
「度々師匠の所に遊びに来ていてもなかなか言えなかったけど、あの頃からずっと……好きだったんだ……」
思いもかけなかった言葉に私は何も言えなくなってしまった。
「この話は神がくれたチャンスだと思った……。も……考えてくれないか?」
「そ、そんな急に……」
「じゃあ!」
「ちょっ……! ノヴァ!」
ノヴァは私の呼びかけにも応えず走り去ってしまった。
親子そろって人の話を聞かないんだから。
コンチクチョウめ。
行き場のなくなった右手をダラリと下ろす。
私はボンヤリと歩を進め、ランカークス村のほとりで座り込んでいた。
結婚……か。
私が呑めば全部丸く収まる。それは分かってる。国の要職にあれば何がパプニカの為かは重々承知しているし、当然呑まなくてはいけない話なのも分かっている。これを強制されないだけ、レオナには感謝すべきなんだろう。でもハイ分かりました、と簡単に言える話じゃない。少しばかりの自分の我慢で皆が幸せになるなら……そう思わないこともない。だけどそれはお年頃の私には到底受け入れられないものだった。ノヴァは悪い人じゃないけど、急にそんな風に見ろといわれても……無理だ。
男性として見れる見れないというわけではなくて、なにより、レオナの誘導尋問で明らかになった自分の気持ちに嘘が吐けなかった。
それに気付いてしまった私は、ただ彼の事が頭から離れなくなっていた。
そう、私が好きなのは……
カサリ
木の葉の割れる音に振り向くとそこにはヒュンケルがいた。
「ヒュ、ヒュンケル!」
「あ……すまない、邪魔だったか……?」
「う、ううん……。平気よ……」
ヒュンケルは一人分の余白を置いて私の横に腰を下ろした。
この気持ちに気付いてしまった今、まともに彼の顔が見れなかった。
「ノヴァから話は聞いた」
余計なことを……!
私はノヴァの胸元を掴んで揺さぶりたい衝動に駆られた。
「ノヴァと結婚するのか」
「するわけ無いでしょ!!」
つい声を荒げてしまう。
「ご、ごめん。大きな声出して……。なんか……変なことになっててね……。私も分からないんだ……」
朝から起きたゴタゴタを思い出すと、自然と深いため息がついて出た。
「……受けなくちゃいけない話なのは分かってるんだ。でも……出来ないよ」
「何故」
「何故って……こんな政略結婚みたいなこと出来ないよ!」
「でも国のことを思えば受けなくてはならない」
ストレートに私の義務を言葉にされ、二の句を告げない。
それを言われてしまったら今の私の立場では何も言えなくなってしまう。
「……好きでもない人と結婚したくない……。これは我が侭なのかな」
「今のの立場ならな……」
それを他の誰でもない、好きな人に言われて私は退路を絶たれた気がした。絶望にも似た気持ちが私を追い詰める。頬を伝う涙を感じて分かった。
これは”悲しみ”だ。
「私……好きな人がいるの……」
「…………そうか」
幾ばくかの間のあと、ポツリと言った。
その間も涙はハラハラと流れ続ける。
「それでも……ダメなのかな……。この想いは捨てて行かないといけないの……?」
ヒュンケルは何も言わずうつむいたままだった。
「……そう……そうだね……」
無言の回答と理解した私は腰を上げた。
「あなたへの想いは今日、ここへ置いて行くわ……」
驚いたような顔を見せるヒュンケル。
でも涙で目の前がかすむ私にはその表情をしっかりと見て取れることが出来なかった。
そして逃げるようにその場を立ち去った。
残されたヒュンケルがその手を握り締めていることも知らずに。
数日後。
私はまたレオナに呼ばれた。
「陛下、御用ですか?」
「ああ、、来たのね。あのね、これを着てこれから顔合わせの会食に出席して頂戴」
「………………………………は?」
そう言ってレオナが手を向けた先には白色のエンパイアスタイルのドレス。華美ではないが上質なことは見てすぐ分かる。
小悪魔のように見えるその笑顔で言葉を続ける。
「だからね、これから顔合わせがあるからバウスン将軍とノヴァが来るのよ。それ着て迎えて、って言ってるのよ」
むんずと腕を掴まれる。
だって私が逃げ出そうとしたから。
「ちょっと、逃げないでよ。逃げられたら何の為に今まで隠してたか分からないじゃない」
「ちょ……ッ! ど……ッ! か……ッ!?」
「何言ってるか分からないわよ」
「ちょっと、どういう事!? 顔合わせだなんて聞いてないし……!」
「事前に言ったら、あなた今みたく逃げるでしょ?」
「……っぐ!」
「先方はノリノリなんだから話はどんどん進むわよ。この数日で考えたんでしょ?覚悟を決めてそのドレスを着なさい」
そうだった。
覚悟を……決めたはずだったのに……
「……はい」
「おお、レオナ女王陛下、ご機嫌麗しく! 今日はいい日ですなぁ! あっはははは! ほらノヴァ、挨拶なさい。おお! ロッテも息災のようだ!」
暖かな日が入るパプニカ城の一室にバウスンの陽気な笑い声が響き渡る。
「お前は相変わらずだなぁ、バウスン。やぁ、ノヴァ。久しぶりだ。大きくなったなぁ」
「おひさしぶりです、レオナ女王陛下、ロッテおじさん」
「今日は遠い所ご足労でしたわね、二人とも」
「いえいえ、殿の為ならどんな遠路もはるばる……なぁ! ノヴァ!」
派手な音を立ててノヴァの背中を叩く。
「本当にバウスン将軍はをお気に入りですねぇ」
レオナはため息混じりの感嘆の息が漏れる。
「で? その殿は?」
「お呼びしますね。、いらっしゃいな」
呼ばれた私はその一室へ入っていった。
「おお……」
「全く……こんなにも美しいパプニカの至宝をリンガイアに持っていかれてしまうのは、まこと惜しいことよ」
「そう言うてくれるな、ロッテ」
「うんうん、キレイよ、」
レオナはどこか満足げだ。
着慣れないドレスがどこかこそばゆい。裾ををさばきながら恭しく頭を下げる。
「御機嫌よう、バウスン将軍、ノヴァ様」
「ほれ、ノヴァ」
「…………………………………………あ、ああ! スミマセンッ! つい見惚れてしまって……!」
見ればノヴァは可哀想な位に顔を真っ赤にしていた。
「そうだろうなぁ。こんなにも美しいのだからな!」
バウスン将軍とロッテ守衛長は満足げのまま、この後の会食について話し始めた。ノヴァはゆっくりと私に近づくとおずおずとその口を開いた。
「あ、あの、…………この前のこと……受けてくれたっていう事なのかな……」
覚悟を決めているはずなのに、肯定の言葉が喉から出てこない。
唇が固く結ばれ、細かく震えてしまう。
いけない。しっかりしないと。 ただ「はい」と言えばいいのよ、。
唇に意識があるのではないかと思うぐらい強張った唇を何とか離して言葉を紡ごうとした瞬間、テラスに続く窓が大きな音を立てて開き、一陣の風が吹いた。
風を避けるように窓の方を見やると、そこには誰かが立っていた。
長いマントをまとい、付いているフ−ドをすっぽりとかぶっていて誰だか識別できない。
まだ風が吹いていて手で顔を覆いながらなので見辛いけれど、私はこの人を知ってる。
マントのフードからのぞく銀の髪。
私に差し出すその大きな手。
「来い!!」
そしてその熱っぽい声。
「はい!!」
私は弾かれるように彼の元へ駆ける。
しっかりと私の手を握り引き寄せると、私を抱えてテラスから姿を消した。
「ふふっ、結構やるじゃない」
慣れないヒールとドレスで走った為、身体が上手く使えない。階段坂まで逃げてきたところで立ち止まると、息切れでひざに手を付いてしまう。
荒い呼吸を何とか整えながら私は顔を上げる。
「どう……して……?」
フードを取りその見事な銀髪を晒してこちらに顔を向けるのはやはりヒュンケルだった。
「姫がここまで手引きしてくれたんだ」
レオナったら。
全てレオナの手の平の上で踊らされてる気がして面白くない。今度ドレスを突っ返すついでに言うだけ文句言ってやらないと。
でも私が今知りたいのはそんな事じゃなかった。
「そうじゃ……なくて……、どうしてこんな事したの!?」
「が好きだからだ」
また風が吹いた気がする。
「自分には人を幸せにすることは出来ないと思っていた。だからこの話を聞いた時も止めることなど出来なかった。わざわざ苦労させるよりもノヴァなら幸せにしてくれるだろう、と……。でも……我慢が出来なかったんだ。人より執着心は無い方だと思っていたんだが、そんな俺でも奪ってまでも欲しいものが出来てしまったんだ」
風になびく私の髪をすり抜け、頬を撫ぜる。
「お前は誰にも渡さない」
深い熱のこもった瞳が私を射抜く。
思わず息が詰まる。
腕の中に収められるとヒュンケルの香りが胸に満たされ、愛しさと喜びに今まで強張っていた身体の力が弛緩する。緩んだ心は涙を零させる。
「この先は平坦じゃないかもしれない。それでも俺と来てくれるか……?」
「バカ……私もう戻れないじゃない」
腕の中から顔を上げ、ニコリと笑ってやる。
「そうだったな……」
優しい笑顔を見せてくれる。
「平坦じゃなくてもいい。行こう。あなたとなら大丈夫」
私は手を差し出す。
手を引かれるだけじゃない。
自分から進もう。
パプニカの優しい風は祝福の息吹のように私達を包む。
それを追い風に、絡めるように手を握って私達は駆け出した。
「当分パプニカには来れないなぁ……」
「俺なんか二度とこの地を踏めないぞ」
「リンガイアも行けないね」
「……」
「ロン・ベルクのところも行けないね」
「…………」
「人攫いだもんね。当分逃亡者生活だね」
「………………」
「つまり当分二人っきりだね」
「ノヴァ に告白されて困っているヒロインを、嫉妬心&独占欲メ ラメラで人前で大胆な行動をするヒュンケル」
というリクでした。
メラメラが出てこなくってメラでも唱えさせようかと思いました(それじゃギャグ)
しかも最後まで真面目が保てませんでした(´Д`;
どうも私のヒュンケルは面白可笑しい方向へ行こうとするので、軌道修正するのが大変になります;
ノヴァたちへの見事な放置に心を痛めてます。
世界は二人のために回ってるようです。
こんなんですが、雛祇さま、お受け取り下さい〜!
ちゃんと消化できたかハラハラです。