そのすれ違いの名は
暖かな陽気の中、私は鼻歌交じりにロモスの大通り中央にある噴水に向かって軽やかに駆ける。
足並みと同じく跳ねるのは身にまとった新品の洋服。
今流行の白色のワンピース。
その裾をなびかせて待ち合わせ場所へ足早に向かう。
何故こんなに浮かれているかって?
だって今日はヒュンケルとデートの約束をしているんだから。
そのすれ違いの名は
大戦後。
私はレオナに相談役として、それと兼ねてパプニカ騎士団の指南役としてパプニカ城に招かれた。
レオナとは気が合ったし、身体を動かすことをやめたくなかった私はその誘いにしばらく考えた後、乗った。実際、城の人達は良くしてくれたし、復興に励むレオナの手助けはやりがいがあった。
一つ不満があるとすれば、ロモスに住むヒュンケルと遠距離恋愛になってしまうこと。
ロモスには最近、アカデミーが開校された。
戦の終結と共に、人々の心が欲したものは剣ではなく智だった。それはとても自然なことで、生きる上で必要になるものの優先順位は今は確かに知識が上だったのだ。疲弊しきった土地や心を豊かにするには何が必要か、どうすれば豊かになるのか、その術を人々は欲した。
ロモス王はかつて武道大会を開催し、人々を沸かせた。魔王軍の罠であり、成功さえしなかったものの、確かに人々の関心は集まった。王は穏やかな人柄ではあるが、世の流れを敏感に感じ取る能力が抜きん出ていると私は思っていた。これで商人であったならば、その先見の明で大成功を収めたんじゃないかしら? などと勝手な想像を膨らませてしまう。
今度のアカデミー開校も賑わいを見せ、入学希望者はいまだ増え続けている。学を学ぶ意識を持つ者が集まれば、自然とそこは知識の源流となった。
ヒュンケルはそのアカデミーに入学した。
ヒュンケルは最早剣を持てぬ身。
この先、どうやって生きていくかを考えた時、考えついた先にあったのは先に述べた人々と同じく知識の道であった。剣をペンに持ち替え、ヒュンケルはヒュンケルなりの戦いを奮闘する日々を送っていた。
晴れて恋人となれた私たちは、こうしてパプニカとロモス、海を隔てた土地に居を構えることになった。
私はレオナに誘いを受けた時、このアカデミーに行くかどうかで迷っていたのだ。その為レオナには即答できなかった。元の世界で学生であった私はまた学生になれることの喜びと期待があったが、今は”働く”ということにやりがいを見出していた。身体と頭を動かし、世界を見つめる場に携われるこの機会を活かそうと思ったのだ。
ヒュンケルと私。
進むべき道は逆の方がしっくり来るように見えるだろうが、しばらく経つと驚くほどその道が合っていることに周囲と、そして私自身も気付く。
日々を忙しくおくる私達は逢える時間も限られてしまう。そんな間に出来たこの時間。おめかしして浮き足立つのも当然のことでしょう?
そんなことを考えながら待っていると、時間になってもヒュンケルはその姿を見せなかった。
しばらく待ってみても来ない。時間は守る人なのに……。
まだアカデミーかな?
授業が長引いているのかもしれない。私は限りある時間が惜しくて、早く逢いたくて、アカデミーへと足を向けた。
何度か来た事のあるその建物は華美でないにしろ、静かに佇むその風体は既に風格さえ漂う場所となっていた。
人影はない。
もう授業は終わり、学徒達の姿はここからは窺う事は出来ない。入り口の大きな門をくぐるとつい休みの学校に忍び込むような、いけない事をしている気持ちが沸き起こる。
なんか懐かしい。やっぱり学校って特別な場所だなぁ。
そんな風に郷里に思いを寄せていると、思いがけない光景が目に飛び込んできた。
校舎の玄関へ続くスロープの脇に生える木陰で抱き合う男女。
流れる銀髪の男は紛れもなく……ヒュンケル。
そしてその腕に抱くのは……エイミさん……。
私は全身の血の気が引く思いがした。
身体はガタガタと自分の意志を無視して震えだし、足場が崩れていくような感覚を覚える。
気付いた時にはその光景を背に走り出していた。
どこに向かって走っているかも分からない。
無我夢中で走って私は、気付いた時にはあがる息を肩でして、樹に寄りかかっていた。
街の外れまで来てしまったようだが、この時は分からなかった。
頭の中は今見た光景が焼き付いて離れない。
その腕はしっかりとエイミさんの腰にまわり、手は背中をきつく抱きしめている。あれは、転んで飛び込んだ、とか、無理矢理抱きついた、という感じではなかった。
思い出したくないその光景を振り払うように、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を手で覆い、さらに泣いた。
エイミさんがヒュンケルを好きな事は知っていた。
でもまだ好きだとは思わなかった。私とヒュンケルが結ばれたことは周知の事実だったし、それで諦めてもらえたものだと勝手に心のどこかで決め付けていた。
でもそうじゃなかったんだ。
エイミさんはまだヒュンケルを愛してる。
そしてヒュンケルは……エイミさんを選んだ。
絶望と悲しみが私を支配する。
泣き腫らした目を空に向けると、すでに茜色に染まっていた。
数時間は経ったのだろうか。
私はふらふらと身体を起こすと、何故か無意識に待ち合わせ場所に足を運んだのだった。
どうしているの……?
暗くなった辺りは既に他の人影はないのに、いるはずのない人の姿がそこにあった。
ヒュンケルが一人、噴水に腰掛けていた。
何時間も待っていてくれたの……?
でもこんなにも待っていてくれた理由が、私の為ではなく、考えたくもない言葉を言う為だとしたら……。一瞬の喜びの後、先程の絶望感がまた私を襲った。ゆらりと私はヒュンケルに近づく。
ヒュンケルはそんな気配に気付き、顔を向けた。
「」
そう言って薄く笑った顔は穏やかで、胸につんざく痛みを覚える。
どうしてそんな顔をするの……?
涙が残る顔でニコリともしない私を不審に思ったのか、ヒュンケルは素早く私の側に駆け寄る。その様子にも私は恐ろしく無感動だ。
「私に言いたいことがあるんじゃない……?」
「あ、ああ。約束の時間に遅れてすまなかった……」
「違うでしょ!?」
声を荒げる私にヒュンケルは驚く。
「?」
「さよならを……言おうとしてるんじゃないの?」
「……さよなら……? ? 何を言って……」
沸々と沸き起こる悲しみを、なげやりにぶつける。
「私見ちゃったの! あなたとエイミさんが抱き合っているところ!」
「……そう……だったか……」
私の肩を抱こうとした手がダラリと元に戻る。
「……言い訳しないの?」
「……」
「言い訳しないと疑っちゃうよ!? いいの!?」
「……言い訳は……しない……」
「――バカッ!!」
大声で罵倒した私は、もう出ないと思っていた涙をさらに流しながらその場から走り去った。
次の日。
目の腫れはいくらか良くなったものの、少し重い。
レオナに見られたらすぐバレるよなぁ……。そしたら泣いた理由を聞かれて話さなくちゃいけなくなる。今はまだ話せる気分じゃないし……。
そう思った私は執務室に顔は出さず、朝から騎士団の詰所に入り浸る。
団長のユシュアルがそんな赤い目の私を不審がっているが、普段から寡黙な彼が自分からそんなプライベートに関わろうと踏み込む事はまずない。それも分かっていたからこそ、私はここに居た。
私は愛刀ソウルブレイカーを手入れしていると、今一番会いたくない人が私を訪ねてきた。
「……ちょっといい?」
「……エイミさん」
「私、ヒュンケルのことが好き」
城内の庭園に移ったところで突然の告白を受けた。
予想はしていたけど、実際にその想いを言葉に乗せられると、目の前が真っ暗になるほどの苦しみが圧し掛かる。
これからヒュンケルと付き合うことになったと聞かされるのかと思うと、逃げ出したくてたまらない。でも出来なかったのは、エイミさんがヒュンケルの事を好きなのを知っていながら、自分が先に結ばれてそれを受けてもらっていたからだ。きっとこんな思いをあの時のエイミさんもしたのだろうから……。
でも続いて紡がれる言葉は私が思ったものと少し違っていた。
「でも諦めるわ」
私はこの時はじめてエイミさんの眼を見た気がする。
「貴女と彼が想い合っているのは知ってる。今までも何度も諦めようと思ったのよ」
エイミさんを見ると彼女もまた私と同じように目を赤くしていたのに気付く。その目をギュッと閉じ、美しい眉をひそめる。
「それでも出来なかった……! 彼の声も瞳も肌も忘れられない! 欲しくて欲しくて……気が付いたらロモスのアカデミーにいた……。私は最後に抱きしめてもらってそれで忘れようと思ったの。でもあの人は抱いてくれなかった。以外の女性をこの身に抱けないって……!」
そんな事が……あったの……
「だからパプニカであなたの台頭を好ましく思っていない者が、女王の相談役も騎士団指南役も奪おうと画策してるってとっさに嘘をついたの。それを私なら止められる。止めてあげるから抱いて! って……。そう言ってからやっと抱きしめてくれたのよ」
エイミさんはポロポロと大粒の涙をこぼし、力なくその場に膝をついた。
「嘘を吐いてまで抱きしめてもらっても満たされることなんてなかった……! むしろ情けなくて悔しくて苦しくて……! ……だから諦めるの……想っても想っても……届かないのは……辛いもの……ッ!」
私はエイミさんを怒る事も笑う事も出来なかった。
これは私の身にも起きた事。
もしヒュンケルが私を選ばなければ、こうして肩を落とし嗚咽をあげるのは自分だったかもしれないのだ。
息の詰まるような胸の痛みを覚え、むせび泣くエイミさんを背に、私は静かにその場を立ち去った。
私が向かった先は勿論一つ。
いつも見ているだけで初めて入った建物だけど、彼がいるところは知っている。
一番日の射す教室で午後は学徒達がうつらうつら舟を漕いでるってこの前言ってたもの。ちょっとした会話だって彼が話してくれた事は全部覚えてる。
ちょうど授業の終わったところだったようで、教室に乗り込んだ時には各々本やノートを片付けて、教室から退室しようとしているところだった。
私はつかつかとヒュンケルまでまっしぐらに進む。
私の怒りの形相からか、すれ違うアカデミー生に振り返られる。
席に座るヒュンケルの横にまで行くと、私の気配に気付き顔を向ける。
「!?」
この場にいるはずもない私の登場に、普段あまり見られない驚きの表情を見せる。
乾いた音が教室中に響き渡る。
そして教室がざわめいた。
呆然とするヒュンケル、観客をよそに、私はここに来るまでに溜めて溜めて溜めまくった思いを爆発させる。
「エイミさんから全部聞いたわ!」
周りに人がいても気にもせず、私は気持ちを吐き出す。
「どうして言ってくれなかったの!? あのまま私に疑われたままでよかったの!? そうまでしてエイミさんの名誉を守ろうとしたの!? 私よりエイミさんを……!」
醜いと思いつつ嫉妬の情念を隠す事が出来ない。
「違う……!」
ヒュンケルは席から立ち上がる。
「何が違うの!? 私がどんな思いでいたかは分かるでしょう!? それでも守ろうとしたのはエイミさんじゃない!」
「すまなかった……! お前が傷付いたのも分かってた。でも、俺は……! お前の、の立場を……!」
「私を降ろそうとしてる話、それはエイミさんの嘘だったのよ」
それを聞いたヒュンケルは最初驚いた顔をしたが、ゆっくりと肩の力を抜いた。
「嘘……? 嘘だったのか……。そうか、よかった……」
安堵した表情を見せるヒュンケルに私のほうが驚く。
「私に疑われるより……私の立場の方が大事なの……?」
「が女王の相談役も騎士団の指南役の仕事もどんなに励んで、楽しんでいるかを知っているから……。奪われてしまうのは残念だと思ったんだ」
そう言ったヒュンケルのこんなにも優しい顔を、私は見たことがなかった。
私は涙が溢れるのを止められなかった。
「バカ……バカよ……。私の仕事なんて……いいじゃない……。その為に私に疑われて……エイミさんにその身を捧げて…………。もっと自分を大事にしなさいよぅ……」
自分のあまりの愚かさに情けなくて、でも嬉しくて……、二日でこんなにも泣けるものかと思うぐらい私は涙を流した。
そんな私を怒りもせず、ヒュンケルは抱きしめてくれた。
調子がいいかもしれないが、私の醜い嫉妬の炎なんてたちまち鎮火してしまった。
「あの時こうしていればを悲しませずに済んだのかもしれないな……。すまない……」
ヒュンケルの胸の中でフルフルと頭を左右に振る。
「いい……、もういいの……。ゴメンね、怒って……」
「いや、実はあの時、俺は少し嬉しかったんだ」
「え?」
「嫉妬……してくれたんだろう?」
笑った顔は子供のような無邪気さがあって、私は息をのむほど驚いた。
いつものポーカーフェイスとはかけ離れて、百面相のように次々と見たことのない表情を見せてくれる。
勝手だけど、この一つ一つは私が心を許させたご褒美なのかと思えてしまう。その喜びは私の胸の奥を暖かく柔らかなもので満たした。
そう、それはまるで、今この教室に射す陽射しのような暖かさであった。
「デートの約束をしていたのに、やってこないヒュンケルを迎えに行ったら エイミと抱き合っていた」というリクエストでした。
も……ッッ!シチュがツボなんです!
その為妄想が膨れ上がり、設定を細かくしたらダラダラと長くなってしまいました……;
ゴ、ゴメンなさい!雛祇さん! こんなんですがどうぞお持ち帰り下さい!
でもとっても楽しく書かせていただきました〜!