真夏の夜の夢
ほうほうと森の賢者が鳴いている。
新月の夜は蝋燭を吹き消した後のように暗くなる。
満天の星の夜でもそれだけでは心許無く、生き物の声と風のざわめきが闇夜に行動している自分を安心させ、落ち着かせる。
キャンプを抜けて、私は昼間に見つけた湖にいた。
水面には夜空に輝く幾千もの星が写り込んで、他の場所よりいくらか明るく感じる。天と水面。宝石箱をひっくり返したようにキラキラと輝くこの空間でする沐浴は、とても贅沢に感じられた。
この世界は体を洗う機会が、日本に比べて極端に少ない。
電気もなければガスもない。大量の湯を沸かす事自体が重労働で、お風呂に浸かるなど贅の極み。パプニカ城で数日連続して入れた時にはまさに狂喜乱舞といった感じで、指先がふやけ、のぼせて運び出されるほど浸かっていたおぼえがある。
だが気候が乾燥してるので数日ぐらい水も浴びられなくても平気、という生活習慣になってしまうのもわかる。けれども衛生的には問題はないらしいが、10数年出来た習慣をなかなか崩すことは難しかった。何より私はお風呂に浸かるのが大好きなのだ。出来るなら毎日入りたい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、我がパーティーの男達は沐浴などに時間を費やす事はない。
汚れればそこら辺の川に入ってザーブザブ。泉を見つければ泳いで一周してハイ終わり。野生児か、お前らは野生児かと小一時間ほど問いたくなる。
仲間に女の子がいるのを忘れているのか、気にもしないのか。そんな時間を多くとってくれる気遣いなどありはしなかった。きっと言っても感覚の違いから我が侭にしかとられないだろうことは解りきっていたので、相談することは端からしなかった。我が家の朴念仁どもが、いつでもキレイにしていたい、髪を洗いたい、顔を洗いたい、湯に浸かりたいー! などの女の子の心情など考え及ぶわけがなく、私はいつでも沐浴出来るチャンスを窺っていた。
おまけに今日は特別蒸し暑かった。
新月で夜目も利きづらい為、夜中に出歩くのは危険だと分かってはいたが、絶対に沐浴はしたい。
そう思っていたところ、ラッキーな事にこの湖の前を昼間に通ったのだ。しかもすぐ近くの林にキャンプ地を置いた。私はヒュンケルとラーハルトが寝静まったのを確認してからそろりと抜け出して、こうして沐浴にありつくことが出来たのだ。
躊躇なく衣服を脱ぎ捨てると、私は宝石の中に飛び込むように湖に身を沈めた。
嗚呼、至福の時……。
全身が満たされて潤うカンジ。やっぱりこうでないと。
一通り泳いだ私は、髪を洗おうと、持って来た石鹸を取る為に水辺に向かう。
が、進まない。
がくんと身体は止まり、右の足首に何か絡んだ感触を感じる。浮かれていた私は背後に忍び寄る気配を感じることが出来なかったのだ。
「キャーー!!」
叫んでも状況が良くなる訳がないのは解ってはいるが、叫ばずにいられない。だってぬるつく触手が身体に巻きつき、水面から十メートル以上もいきなり持ち上げられれば誰だって叫ぶはず。
「何コレ!? 大王イカ!? 何で淡水にいるのよッ!」
触手の元を見下ろせば、真っ白い巨躯が水中から覗かせる。目はギラギラと憤怒の色に染められている。モンスターの目だ。
逃げ出そうにも両手は身体と共に手腕に絡められ、呪文も使えない。使おうものなら私が怪我するだけだ。
出来る事といったら唯一つ。
「助けてヒュンケルー!!」
全身全霊で叫んで助けを乞うこと。
ふわっと浮遊感を感じる。
絡められていた手腕が力なく解かれ、私は真っ逆さまに落ちようとしていた。
瞬時に見下ろした下は、水面ではなく水辺だった。つまりこのまま落ちたら叩きつけられるのは……
「いやーー!!」
ぼすッ
温かな感触に受け止められた瞬間に香ってきたのは、私の好きな香り。
肩を抱く大きな手はしっかりと身体を抱きとめていてくれた。見上げれば鋭角の形のいい顎。銀色の髪をたなびかせ、紫色の瞳はずっと前を見据えていた。
「ヒュンケル……」
ふと、自分の腕の下の方に剣の柄が見える。少し頭をもたげて見やるといつも護身用にヒュンケルが持っていた剣が地面に突き刺さっていた。そして湖の水中に慌てて消えていく大王イカの足の一本が、綺麗に切り落とされているのが見えた。
私はすぐ側のヒュンケルに振り返る。
「体、大丈夫ッ?」
「ああ、これぐらいの事なら何ともない」
もう剣は握れぬ体。
きっと痛みを感じているだろうに、私を助けるために振るわせてしまった。そう思ってまず彼の体を心配したのだ。
「……ありがとう、助けてくれて」
「いや。目が覚めたらがいないから探しに来ていたところだったんだ。そうしたら悲鳴が聞こえたのでな……」
おかしい。
既に大王イカは水中に逃げ、その姿は見えないのに、いつまでも前を向いたままで目を合せようともしない。眉間に皺を寄せて口をぎゅっと結んでいる。
……怒ってる……?
心配かけたから?
剣を振るわせる状況にさせたから?
私がボンヤリしてるから?
「ご、ごめん、勝手な事して!」
まだ合わせない。
「…………ねぇ、でも目を合せないぐらい怒らなくても……」
「……見ていいのか?」
は? 何を?
と言おうとした時、感じたのだ。
そう、スースーと。
「きゃーーー!!」
慌てて隠す。
だが、間違えた。
まずしなければいけないのは、悪いが突き飛ばして腕の中から飛び出す事だった。これではもう、腕を外せない。 逃げ出せない。素肌でヒュンケルの腕の感触を感じなくてはいけない。
私は熱でぐるぐるする頭を出来るだけ体のほうへ屈めた。少しでも隠したくて。
ヒュンケルも受け止めたはいいが、どうしたものかと動き出せずにいたようだった。私が声を掛けるまで微動だにしなかった。
「あの……後ろの樹の根元に服が置いてあるからそこで降ろしてくれる? 絶対! 下見ちゃダメよ!!」
無言で私に言われたまま後ろを振り向き、ロボットのような硬さで運ばれていく。
もう叫びすぎて喉が痛い……。
そんな事を考えている内に、服が置かれた樹まで着いた。
「あ、ありがと。降ろしてくれる?」
「……嫌だと言ったら?」
思いもしなかった返答に私は思わずヒュンケルを見上げた。
すると見た事のない熱を帯びた瞳と合った。
見ないでって言ったのに。
そんな台詞はとうとう出てこなかった。
もはや外すことが出来ない視線が真っ直ぐブレる事なく見据える。
「このままお前を離したくないと言ったら、どうする?」
凄い速さで心臓が跳ねている。
弾けそうな身体は隠していた腕で痛いほど押さえ付けた。だが全身を駆け巡るかつて感じたことのない甘い痺れは押さえようがなかった。
ヒュンケルは私を抱えたまま、畳まれた服の横に置かれたタオルを片手で器用に地面に敷くと、無言の私を横たえたのだ。地面とヒュンケルに挟まれた私はようやく我に帰る。
「ヒュ、ヒュンケル……!」
首筋に顔を埋めようとする彼を力無く押し返す。突き返す事など今なら造作もないはずなのに、私の腕はまるで自分のものではないように思うように力を込める事が出来なかった。
さらりとした銀髪が頬に触れると、ぞくぞくと粟立つものを感じた。唇が羽毛が掠めるように軽く首筋になぞると、その場所が火傷したように熱い。
「ダ、ダメ……」
掠れるような制止の声など無いに等しい。身体に彼の重みが感じられ、触れ合った所から私のこの爆発しそうな鼓動が伝わってしまうのではないかと思った時だった。
私の唇に迫る端正な顔立ちが、眼前に広がった。
「やっぱりダメぇーーッ!!」
ゴッ!
鈍い音とおでこの痛みに目をそろりと開けると、完全に沈黙したヒュンケルが私の横に転がっていた。
やっちゃった……。
どたまかなづちに匹敵する私のミラクル石頭が発動してしまったのだ。
やってる本人にはわからないこの凶器っぷり。白目をひん剥いて卒倒するヒュンケルを見ればその破壊力を窺い知る事が出来る。
ゴメン。
私はヒュンケルに両手を合わせると、鈍痛が残るおでこをさすりつつ、彼を抱えてキャンプ地に戻っていった。
「……う、ん……」
「おはよう、ヒュンケル」
朝。
私は目が覚めたヒュンケルの側に腰を落とし、顔を覗き込んだ。
彼はまだボンヤリとする目で私と中空を交互に見つめる事を、幾度か繰り返す。そして終いには不思議そうな顔でとりあえず返事を返した。
「……ああ、おはよう……」
ラーハルトはいない。
水を汲ませにムリヤリ行かせたのだ。
私は完全にヒュンケルの側に腰を下ろすと、おでこから気持ちのいい髪へ、一度、指で梳いた。
ああ、すごい紫色。
彼はその動きをまだハッキリしない目で享受する。
「どうかした?」
「夢を……見たんだ……」
「そう、悪い夢を見たのね」
いや、別に悪くは……。そう言いたげな顔をするヒュンケルの耳元に顔を寄せる。
そして私は続けて言うんだ。
「夢の続きはまた暑い夜にね」
私は悪戯っぽく笑って素早く踵を返す。
あんぐりと口を開けて私の背中を見送っているであろう彼を想像するだけで、頬が緩む。
見るなと言ったのに見た罰なんだから。
もう少しだけおあずけしても良さそうなもんでしょ?
22,000HITの補完キリリクを雛祇さんから頂きました〜!イエ〜!
お、遅くなって申し訳ないです……!(土下座)
「蒸し暑い夜に湖で水浴びしている夢主に欲情し、大人の階段を登ろう!と盛って襲うヒュンケル」
という、シチュだけで鼻の粘膜を破壊する凶悪な発想力のお持ちの雛祇さんに頭が上がりません!
そんな素敵シチュに応えられたかいつもながら不安でいっぱいです……。
ちなみにいつものごとく、3人でのダイ探し珍道中な設定です^^;
「寸止め、バンザイ」をただ今推奨中のためヒュン兄は被害を被りました(笑)
ス、スミマセ……ッ!ギャ!
こんなんで申し訳ないですが、お受け取り下さいませ!