夜空の下で

「ふ、二人とも!見て見て!」
 そう言って駆け寄ってきたは、大きな酒瓶をその腕に抱えていた。



 ヒュンケルとラーハルト、そしての三人はダイ探しの旅に出ていた。

 今は物資調達のため、ギルドメイン山脈の北方に位置する町に来ている。
 勿論ダイの捜索の為の情報収集も兼ねている。ヒュンケルとラーハルトは情報収集係として、は食料などの調達係として街の中を巡っていた。
 だがヒュンケル班はダイの手がかりとなる情報は残念ながら得られなかった。あの爆発に気付いていた者は多かったが、その後の異変などはこの街にはなかったようだった。そうなればこの街に留まる理由はない。この旅はのんびり出来るものではない。先を急がなくては。休養もそこそこに、調達係のの帰りを待ち合わせ場所の町の入り口で待っていた。
 そこに買い込んだ物資が入っているであろう袋とは別に、大きなビンを抱えたが息を切らせて駆けて来たのであった。


 ちょうど街では街の活性化のため、福引キャンペーンが行われていた。は買い物で得た福引き券1枚を使って挑戦してみた。狙いは2等の魔法の聖水詰め合わせ。1等の天罰の杖は三人には必要ない。まぁもし当たればすぐさま売って路銀に換わる。心許無い懐を考え、祈る様な気持ちで福引き器に手をかける。

 ガラガラガラ……!
 カラン、カラカラ……

 カランカラン!

 辺りに響く当たりを知らせる鐘。
 やった! 魔法の聖水!?
 閉じていた目を開けると、福引き係の男は高らかに宣言する。

「5等のギルディワイン大瓶、大当たり〜!」




「私、福引で当たったのって初めてなの! 当たると嬉しいもんなんだねぇ!」
 野営地を起こし、その夜は小さな宴会となった。
 当たった賞品は旅の道具にはならなかったものの、パーティののどを潤してくれる嬉しいプレゼントとなった。
 ヒュンケルとラーハルトも別に酒は嫌いではない。だが騒がしく飲むことをした事がない二人はの陽気さに押されっぱなしだ。それでも酒が進めばその陽気さにつられ、普段寡黙な二人も舌の滑りも良くなるもんだろう。
「じゃあこれでお前の運も使い切ったんじゃないか? 哀れだな……」
「ちょっと縁起でもない事言うのやめてくれる!? それに私の運を使って得たお酒なら返して! 私の中に戻すから!」
 はラーハルトに掴みかかる。だがすばやく木の椀の中身を飲み干したラーハルトはに向かって小さく舌を出す。
「むかぁ〜!!」
 仕返しとばかりにはラーハルトの耳をつまみあげる。
「な、何をするんだ、この女! は、放せ!」
「何度も言わせないで! 女じゃない! 私はよ!」
「……ははっ」
 珍しい笑い声が聞こえる。
「ちょっとヒュンケル、笑ってないで何とか言ってやってよ」
「ああ、そうだ、この女にもう少し女らしくしろと言ってやれ」
「二人は仲がいいな。この旅に出て今の所、一番驚いている事だ」
「「な、仲がいい!?」」
 仲良くハモる。
「ほらな」
「……くッ……!」
「……うそぉ〜……」
 ヒュンケルは立ち上がる。
「どこ行くの?」
「酔い覚ます為の水を汲んでくるよ」
 皮袋を持ち、ポカンとする二人を残してさっさと川の方向へ歩き始めた。残されたラーハルトとの二人は気まずそうにまだ残っている酒に口をつける。
 しばらく無言の間が続いたが、意外にもラーハルトがその沈黙の間を破った。

「お前、あいつが好きなんだろう?」

 ラーハルトはが酒を噴き出すんじゃないかと思ったのだ。
 だがは静かに顔を向けると意地の悪い顔を見せる。
「知ってんだったらさっさとこの旅からリタイアしなさいよ」
「ふん。ダイ様を見つけたらな」
「ダイ様ダイ様……ほーんとダイが好きねぇ、あなた」
「好き、嫌いなどの感情論ではない。忠義をもってお仕えしているのだ」
 は小さく肩をすくめてラーハルトに見えないように舌を出す。
「はいはい。それよりも何で私がヒュンケルのこと好きだって知ってるのよ?」
「そんなもん、見ていて分かるわ。気付いてないのは本人だけだろ」
「……そっか……」
 急にしおらしくなった彼女を見ると言葉に詰まってしまう。本来ならば美醜にうるさいラーハルトでも息をのむほどの美女だ。この憂いを秘めた表情で街角で座ってでもいたら、たちどころに男どもに囲まれてしまうであろうほどの美しさだ。不覚にも心が揺れ動きそうであったが、親友が想う女だ。その揺れを自ら止めることが叶うほどのちょっとした揺れであった。普段から口数を減らせば、見て取れなくもないのに、女というのは本当に分からん。それがラーハルトの感想だった。
「お前から気持ちを伝えてもいいじゃないか」
「……ダメだよ、出来ないよ。」
「何故」
「……もし断られて、この関係が壊れるのが……イヤ……」
 小さなひざを抱えてそこへ顎を埋める。

 異世界から来たというこの少女。
 不安も寂しさもあるだろう。今の心の拠り所はヒュンケルなのかもしれない。そこに断られでもしたら……その不安がからは拭い去れないのだろう。拠り所をなくしてでも踏み込む勇気がないのだ。
「……なんかゴメンね、こんな相談しちゃって!」
 急にいつもの明るさを取り戻す
「いや……」
「こんな話、ラーハルトに聞いて貰えるとは思ってもみなかったよ。この旅だって私が参加して、もっと嫌がられると思ってた」
 ラーハルトはふん、と小さく鼻を鳴らす。
「女など面倒だしうるさいし煩わしい。……だがな、お前は人間の女にしては少しは認めているところもあるんだ。でなければ一緒に旅などするものか」
 驚いた、という顔の
 こんな風に思っていてくれたとは、普段の寡黙な彼からは感じられなかった。
 お互い素直ではないようだ。は照れ隠しに肩をすくめて見せる。
「へーへーありがとうございます」
 そんなを見てつい思ったことを口にしてしまう。
「全くヒュンケルのヤツもこんな女のどこがいいのか……」
「……え……?」
 しまった
「私の事……何か言ってるの? ヒュンケル……?」



 旅のはじめ、告げられた。
 が好きだと。
 一緒に旅がしたいと。
 だがラーハルトも友として行動を共にしたいのも正直な気持ちだった。
 ラーハルトはこの二人が言わなくても想いあっているのを見て感じていた。自分がいないほうがすぐ成就するんじゃないかと言ってやっても、逆に二人きりだと気まずいらしい。ラーハルトがいてくれたほうが助かるのだ、と。でも利用しているのではない。我が侭であろうが、もし叶うなら3人で旅をしたいというのがヒュンケルの願いであった。優れた戦士としてラーハルトもを買っていたし、我ながら酔狂だと思いながらこのパーティでの旅を決意したのだ。
 だがヒュンケルはを旅に誘ったものの、そこから踏み込むことはなかった。
 見ていてもどかしい気持ちもあったが、自分がキューピッドになるつもりは毛頭なかったし、友のしたいようにさせてやろうと、見守っていた。

 それなのに、この状況。

 もう薄紙を渡るような関係をやめ、潮時だっていう事だろう?
 後は本人達に任せるに限る。
「……それは本人に聞け……」
 そう言って向いた先には水を汲んでもどってきたヒュンケルが見えた。
 はジッとその姿を見つめている。
 ラーハルトは気を利かせ、その場から立ち去った。


「ラーハルトはどこに行ったんだ?」
「あ、えと、……散歩だって」
 そういえばいつの間にか居やしない。気配消して動くのは本当にやめて欲しい。
「散歩? 酔いでもまわったのか? まぁ今日は満月だし、月夜の散歩に洒落込むのもいいもんだろう。ほら水だ」
「あ、ありがとう、ヒュンケル」
 は皮袋に汲まれた水を受け取る。


 の横に腰を落ち着けたヒュンケルは残っていた酒に口をつける。
「こんな美味い酒もあるんだな……。初めて味わったよ」
「フフ……そうだね、久しぶりに楽しい夜だった」
「こうして……ゆっくりと夜空を眺めることなど少し前からは考えられなかった……」
 ヒュンケルはゆっくりと空を仰ぐ。

「初めて遭った時の事を……憶えているか?」
「ええ、もちろん。忘れるわけないわ」
 そう言って軽く笑う。
「そうだな……。俺も……忘れる事など出来ない。あの時の自分ほど愚かな者はいない。今でも思い出せばこの身を切り裂きたいほどの後悔と自責の念に襲われる」
 手の中の木の椀が微かにキシリと鳴る。
「……それでも得たものはあるんだ」
 酒で饒舌になったヒュンケルに驚きながらも、はその言葉を静かに聞き入れる。
「……得たもの?」
「あの時……、俺たちが対峙した時、最後まで剣を抜かなかったに今でも感謝しているんだ。最後まで自分を信じてくれる人がいる……、それは俺の中で消えることのない光になっている。それがあるからこそ、光の戦士として剣を振るえる事が出来たんだ。それに、こうして夜空を見上げる穏やかな心も……全て皆と……のおかげなんだ。」
「ヒュンケル……」
「酔いの勢いでしか言えない俺を情けなく思うだろうが……、今……言わせて欲しいんだ……」
 決して酔いではないであろう頬の赤みが、ほんの少しではあったがは気付いた。

「これからも……ずっと……俺の側にいてくれないか……?」
「……ヒュン……ケル……」

 紫色の瞳は今までに見たことのない深い熱を帯びていた。
 は喜びに身体を震わせ、そのまなじりからは大きな涙が零れる。
「本当に……? いいの? ……ヒュンケル……」
「ああ……、といたいんだ」
「……嬉しい……嬉しいよ……」
「……俺は……人を幸せにする術を知らない。それでも……いいのか……?」
「私、幸せにしてもらおうなんて思ってないわ。私がヒュンケルを幸せにしてあげる」
 そう言って満開の笑顔を見せる。見惚れるほどの美しさにヒュンケルは一瞬、呼吸も忘れる。
 さらにそのの言葉にヒュンケルは驚く。
「幸せにしてあげる」
 そんな言葉を人から言ってもらえるとは思ってもいなかった。本来ならば男の自分が言わなくていけない台詞なのに、ここでも自分の情けなさに嘆息も出ない。
 ヒュンケルは頬を伝う涙を指で拭い取ると、の頬を両の手で包んだ。
「ならば俺は約束しよう。を泣かせはしない。絶対にだ」
 冷血の戦士。そんな通り名のついたヒュンケルの手は剣を握っていたあの頃とは違い、温かかった。氷のような視線も今はない。ただあるのは人の温もりを欲し、自らも与える、”人”の手だ。
「流すなら歓喜の涙を」
 そう笑ったヒュンケルの顔を、は一生忘れない。
 喜びの涙をその頬に伝わせ、ヒュンケルの胸に身体を預けた。

 抱きしめた小さな身体の温もりは、初めて感じた人の温もりのようだった。言葉もいらない。こうして触れるだけで流れ込んでくる熱い想い。もっと早くにこうして腕を伸ばしていれば、想いを感じ、伝える事が出来たであろうに。臆病で愚かな自分を悔いる。
「ヒュンケル、あったかい」
「あったかい、のか?」

 分かったことがもうひとつ。
 人に触れてもらって初めて自分に人の温もりがあることに気付いた。

 この少女に沢山の事を与えられ、教えてもらっている。それを返していく事がこれからの自分の使命なのではないか、そうとさえ思う。
 いや、課そう。
 剣を握れなくなったこの腕は、人を抱きしめることも出来るのだ。それを教えてくれた人に、その人だけに、この腕を奮う。

 月夜の下、密やかな誓いを口付けと共にたてた。
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ダイ大でお相手ヒュンケル。
告白されるまでを、というリクでした。

ラーハルトとの絡みの方が多くなってしまい、申し訳ないです、ここみ様!
こんなん出ましたが、お受け取り下さると嬉しいです……!