嗤う月
何分経ったのだろう。
何十分か。
何時間か。
には分からなかった。
部屋に訪れてから、土方はまだ一言も発していなかった。
続けざまに煙草に火を点け、すっかりの部屋はいつもの土方の制服から香ってくる煙たい芳香に包まれた。
は微動だにせず、土方の傍らに座っていた。
虚ろな瞳は力無く自らの膝の上の手を見ているだけだった。
ザリッ
土方は押し潰すように煙草を灰皿に放り込むと、素早くの腕を取り、胸の中に引っ張り込んだ。
「来いよ」
耳を掠めるように低音が響いた。
薄い唇が妖しく動き、喘ぎの一つまでも絡め取られる。
の舌を追い詰め、互いの唾液が混ざり合うほど絡み合わせる。差し込まれた舌の熱さとその動きの巧みさに思考をかき消され、身体が軋むほど強く抱きすくめられると、はそのまま身体を委ねた。
布団に横たえると、しゅるりと腰紐を解いて素肌を露わにする。
白いシーツに白い肌。
そこに上気して走った頬の朱が、ひどくいやらしく感じた。
チラリと見える紅い舌も土方の男の劣情を煽る。
噛み付くような口付けを降らすと、逃げ場も無いはその身をよじらせて、強く目を閉じるしかなかった。
布団に両手首を縫い付けるように押さえつけながら、土方は自分の下で啼くを見下ろしていた。
突き入れるたびに震える乳房も、
すべらかな肌に転がる玉の汗も、
背筋に響く甘い声も
全て 喰らい尽くしたいほど 欲していた。
もっと高みへ
もっと深みへ
快楽に溺れて淫れるをこの上なく追い詰めれば、自分の胸に転がり込んでくるのではないか。一縷の望みを持っている事を否定できない。
土方は振り払っても振り払っても襲ってくるこの飢餓感の名を知っていた。
「言えよ……」
何を
揺さぶられながら向けられた視線はそう言っていた。
「俺を好きだって……言えよ……」
発した本人が驚くほどの掠れた声。
きっとみっともないほど情けない顔をしているかもしれない。
「好きよ」
色の無い声。
「違うッ!」
「んあッ!」
奥まで挿し込まれる。
「そんなんじゃ、ねぇ……! もっと……! …………クソッ!!」
「っあ!ンあッ! ……ああ! ゃあっ!」
荒ぶれる気持ちを吐き出すかのように、細い腰に手を当て乱暴に腰を叩きつける。苛烈な昂ぶりが身体の芯を突き抜ける。
もっと気持ちを込めて。
確かな言葉を欲しがる面倒な乳臭い町娘のような願望をこの自分が持っているなんて。散々邪魔くさいものだと一笑に付していた、そんな感情が自分の中にあるなんて。
認めたくない。
けれども、確実に渦巻いている。
何故だ。
こんな女々しく落ちぶれたのは何故だ。
怒りにも似た疑問が尽きる事なく湧いてくる。
だが、知っているのだ。
その飢餓感の名を。
それでも認める事が出来ない。認めてしまえば、目が覚めてしまう。今すぐこの狂乱の宴の異様さに気付いてしまう。自分がしていた狂った行いを後悔し懺悔したところで、最早にどんな言葉さえも告げる事は出来ない。
醜く折れ曲がった感情のかたちを、どんな顔して愛だと言えるのか。
正体が分からない不快さの奔流に、頭を掻き毟る代わりに土方は、突き挿れる速度を加速していく。白く大きな波に全てさらわせてしまうかのように。
「あァッ! ッは……! あ! あ! ゃああッ!!」
「…………ッ! ……っく……ゥ……ッ!」
微かな寝息を感じると、は土方の胸の中から身体を半ば起こした。
いつもの険しさのない安らかな寝顔に、頬を緩ませる。さらりと、思ったよりも硬かった黒い髪を、一度指で梳いた。
そして少し顔を寄せる。
「言わない
『愛してる』なんて」
唇の動きだけで語る。
今、狂ったこの中で口にしてしまえば
この想いさえ狂ってしまう
私は守りたい
だから 言わない
あの月から逃れられる
その時まで
密やかにたてられた誓いは、どこまでも清浄だった。
これだけは お前には渡さない
獲られまいとは口を真一文字に結び、部屋を覗く銀色の真円を睨み付けた。