嗤う月


 廊下を渡る豪快な足音と共に現れたのは、近藤だった。

「近藤……局長……」
「よう、、久しぶりだな」
 手を上げて白い歯を見せて笑う近藤を見るのは、言われてみればひどく久しぶりな気がした。
「おぉ〜イテテ……。汗流すのにひとッ風呂浴びて来たんだが、沁みる沁みる!」
 障子を閉めると、いつものように大袈裟すぎるほどの元気な声と大股で、の元まで寄る。普段なら眉をしかめるその粗暴さも、今はその一つ一つまでもが懐かしい。は強張らせていた肩を少し落とした。
 の隣に腰を落ち着かせると、また一つ、笑顔を見せた。
 見ればその口の端はまだ血が滲んでいる。
「血……」
「ああ、口か」
 親指を口の端にやる。
「救急箱、持ってきます」
そう言って立ち上がろうとしたの手を掴み、制する。
「構わん。大した事ない」
 振り返ればまた近藤の笑顔とぶつかる。は思わず動きを止めてしまう。
 ふと掴んだの手に視線を落とした。
 の手首には紐で縛られたのか、一日二日で出来ないような痣がくっきりと残っていた。痛々しい赤紫色はの白い肌にはひどく場違いな気がした。近藤はその痕を優しく擦る。
「ああ、前は総悟だったな。手酷く扱われたんだな、可哀相に……」
 ピクリと白い手が震えた。
 一ヶ月ぶりに人並みな温かい言葉を聞く事が出来て、壊れかけていたの心は安堵感に包まれた。はまるで迷子の子がやっと母親を見つけたように近藤に縋り付き、その胸元の着物を掴む。
「近藤さん……近藤さ……ん……!」
 ぽろぽろとまなじりからは大粒の涙が零れる。
「心配すんな」
 いつもの優しく響く声と見慣れた笑顔で、大きく温かな手のひらが頭を撫でる。乾いていた部分に染み込むように、それらはの心を潤した。
 その心地好い重みは、するすると頬へ移る。

「俺は優しくしてやるから」

 その瞳には他の者と同じ狂気の色が宿っていた。

 は奈落へと突き落とされた気がした。





「……ゃあっ……! ッふ……ぅ……!」

 普段の粗雑さからは想像も出来ないほど、近藤の愛撫は巧みだった。
 加えて熱っぽかった。
 まるで恋人ではないかと錯覚させるようなその熱に、は早々に抵抗する事を止めてしまった。

 求められてる。

 その事がこんなにも身体を歓喜させるだなんて。
 男嫌いとは言え、それなりに夢も希望も持っていたんだと、奇しくも気付かされた。
 本当は年頃の女性なのだ。甘い口付けに熱い愛撫、どれも当然のように経験できるものだと思っていた。だが、今まで道具のように扱われ、千も二千も数を数えても過ぎない時間と壊れてくれない心を呪った。そんな張り詰めた時間をやり過ごした後の温もりは、を違う意味で陥落させた。もはやこの温もりなくしては、自我を保てないほどに。
「……んぅ……ッはぁ……! あっ……!」
 太く節くれだった指がの中で忙しく蠢く。跳ねる水音が甘い嬌声と相まって、近藤の耳をくすぐった。目の前の波打つ白い肌に舌を這わせると、指先を熱く締め付けられる。
「すげぇな……」
 呟くと、の唇に自身のを重ねる。
 落とされた口付けに、は朦朧とする意識の中で懸命になって応える。
 なけなしの意識は、無精に伸ばされた髭は思ったよりも柔らかかったな、などと感触を感知するだけのことは辛うじて出来たようだった。
 近藤はちゅぷ、という音とともに引き抜いた指を、少し上にある花芽に滴るほどの蜜をまぶしたまま擦り付けた。
「ひあッ!」
 の身体はしなやかに弓反る。
 指先に当たる尖りを上下に細かく擦り上げれば、途端にの腰は妖しく揺れ動いた。
「ッあ! んん……ッ! ひ、ぅん……ッ!」
「……このまま挿れんぞ」
 跳ねる腰を捕まえると、自らの腰を割り入れる。
 器用に花芽を攻めながら、天を仰ぐ怒張をやや下向かせて濡れそぼったソコに宛がった。
「んあぁッ! ……ぁ、く……ぅ……ッ!」
「……っは……ぁ……ッ」
 暴力にも近い質量に、ソコはきしきしと悲鳴を上げる。は近藤の首へ縋り付くように腕をまわした。そうでもしないと思いっきり背中に爪立ててしまいそうだったからだ。
 やがて深く律動する腰に合わせて、泣き声に近い嬌声が弾けた。





「ムリさせちまったか……?」
「ううん……大丈夫です……」

 月も落ちはじめた頃。
 濃い欲の香りが今だ残る部屋で、はひどい気だるさを感じながら身じろいだ。
 鈍い痛みは残るが、かつて感じた事のない程満たされていたには、この身体の重さすら心地良い。布団から身体を起こしながら近藤は続けて口を開く。
「つい調子に乗っちまったよ」
 着物に袖を通すその動きを目で追いながら、も羽織る襦袢に手を伸ばし、その冷たさにフ、と頬を緩めた。
 カラカラと陽気な笑い声の後に続く言葉を聞くまでは。

「彼女にはこんな事出来ないからなぁ」

 近藤の横顔を思わず凝視する。
 自分が何を言ったのか、まるで分かっていない顔。
 その”彼女”を思い出しているのか、目尻を下げて頬を緩ませる。

 勝手に勘違いをしていた事への恥ずかしさと、それに気付かなかった己の情けなさに、は意識を手放しそうになっていた。耳の奥でガンガンとくぐもった嫌な音が聞こえる。呼吸を忘れながらも、涙は絶対に見せてはいけない事には失念しない。震える手は襦袢の裾で隠した。
「明日はもっと優しくしてやるから」
 髪を撫ぜられる動きに合わせて揺れる身体を、どこか他人のもののように感じる。
 まるで遠い遠い、遥か上の水面で起きているような。



 心を余所に向かれてるまま、これからも抱かれないといけないのか。
 はもはや誰を呪ったらいいのか、分からなかった。

 こちらを向いて。
 そんな事は口が裂けても言えなかった。

 だって私はこんなにも汚れてる。

 涙で潤す事も出来ないの心は、干からびた大地のように一つ、二つ、と亀裂が入っていった。
 荒果てた砂漠に変わるのも時間の問題であるかのように。
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