霧の向こう 2
「困ったな」
下から湿った風が吹いてきたと思うと、見る間に辺りは真っ白な霧に包まれた。は教えてもらった道程のちょうど半分くらいにいて、このまま上に登って届け先の家に行くか、戻るか、迷っていた。だがそうしている間にも霧は立ち篭め、どちらにも進めなくなってしまったのだ。きっと霧が晴れてからの下山を待つか、迎えに来るかをアバンはするだろう。はどちらにしろこれ以上動く事は得策ではないと考え、山道の途中に生えていた枯れ樹の前で歩みを止めた。そして山の土肌と樹の根元に身を収める様に腰を下ろす。
「いつまでも霧がかってるなんて事はないもんね。いつかは晴れるわ。晴れない霧はナイ、ナイ!」
不安の色を掻き消すかのように、は誰に聞かせるとでもなく大きな声で独り言を口にする。だが本当にそうだろうか。今まさに、この胸をもやもやと重く暗く覆っている霧があるというのに。
は膝を抱え、膝頭に顔を埋めた。一人ぼっちで何もない時間を過ごそうとすると、ずっと燻っていた胸中の翳りにどうしても気が向いてしまうのを止める事が出来ない。向き合ってはいけない、という本能からの警鐘が聞こえた気もするが、ずるずると足を取られる砂漠のように己の位置を把握する事も出来ぬまま絡め取られてしまった。
(アバン先生……。
先生はカール王国の女王様を好きなんだって思ってたわ。あの日の話、瞳の熱っぽさを憶えているもの。
じゃあ、あの山小屋の出来事……それに私を好きだと言った言葉は……何?
先生は誰が好きなの?
何を思っているの?
あれから何も言われないし、わかんないよ。
――それって言って欲しいって事?
先生を好きって……事……?)
微かに耳に届いたのは自分の名を呼ぶアバンの声。
は疾風の如き速さで顔を上げ、立ち上がった。自分の身動きで起きる音さえ消して、全ての感覚を耳に集中させる。
「――……! ……ー!」
右方だ! は身体をくの字に折って、ありったけの声で答える。
「アバン先生ぇー!!」
一瞬の静寂のあと、再び名を呼ぶ声が聞こえた。そして砂利を蹴り上げる音が段々と近付いてくるのが分かる。はもう一度アバンの名を呼ぶ。だがは、その大きな声が大気を震わす刺激となりさらに霧が濃くする事を知らない。たちまち水蒸気の粒がの周囲に真っ白く現れる。
「――!」
すぐ近くに聞こえた。心細さから縋るようには振り向いた。一寸先も霞む霧の中で、辺りを、特に足元を注意する事も無く。
そして細い山道から足を踏み外したは、悲鳴を上げる間もなく、雲の中に吸い込まれていくような感覚を覚えながら落下していった。このまま落下し、きっとどこかに叩き付けられるであろうまでをぼんやりと、且つ瞬時に予想した。
(やだな。逢いたかったのに)
が、その予想は直ぐに外れる事となった。
力強く握られた手、そしてこれ以上伸びなくなった肩に少しの痛みが走る。刹那の間に意識が覚醒すると、身体は無意識に反応した。気が付けば、山道から下の山肌を脚で踏みつけるように引っ掛け、落下しそうになる身体を何とかとどめようとしていた。そして薄ぼんやりとした視界の真ん中にいるのは、当然のようにアバンだった。
「せ、先生」
「良かった……!」
焦りを隠せない表情からどうにか絞り出した笑顔。は何故かその表情に目を奪われた。
アバンが手を引くと、登るように山道に戻る。一歩、二歩と両足が山道の地に完全に着くと、安堵から一息吐いた。まだ動悸が激しいけど、少し経てば落ち着くはずだ。は軽く屈めていた身体を起こす。
そして動いた視線で捉えてしまった、握られている手。
はビクリと身体を揺らす。あまりにも無防備だった今では、その驚愕を覆い隠す事が出来なかった。激しい後悔が瞬時にを襲ったが、もう遅い。それを恐怖と感じたアバンは慌てて手を離す。
「すみません!」
は何か言わなくてはいけないと分かっていながら、何も言えなかった。身体と頭の中が硬直し、動かそうと思ってもギシギシと音を立てて固まっている。アバンが今どんな顔をしているか見えないし、首を微かに振るしか出来なかった。落ち着くはずだった心臓は痛いくらいに叫んでいる。
「……怪我はありませんか?」
そう言って向き直った顔は、いつもと同じ表情だった。優しげに細められた目尻も、弧を描く口元も、掛ける声色も、いつもと変わらない。そう、いつもと変わらない、仮面だ。柔和な物腰や笑顔はなるほど性分によるものだろう、だがいつ如何なるときも掛け続ける強靭な精神の基に飾られていたのだとは気付いた。哀しいほど強い仮面の下が垣間見えても、直ぐに覆い隠されてしまう。そしてするすると離れてしまうのだ、今のように。
「――いいえ」
「では帰りましょうか。ポップも待っていますよ」
アバンは背を向け、まるで霧に紛れるように歩きはじめた。
は慌てて届け物の入ったカゴを拾い、アバンの跡を追うとした。だが足に違和感を感じる。
(しまった)
足首に響く鈍痛。きっとさっき踏み込んだ時にやってしまったのだろう。怪我はないと言ってしまったばかりだし、アバンは既に歩き始めている。直ぐに追いつかないとその背も見えなくなってしまう。数歩歩いてみたが、歩くには支障がないようだった。はそのまま進む事にした。
晴れるどころかどんどん濃くなる霧に、もう目の前ですらはっきりとしない。痛む足では山道を下るのも難儀し、同じ速度で追いつけず、霞む背中が見えなくなる時もあった。慌てて追いついては、また見失ってしまう。
「アバン先生、どこ?」
その声に歩みを止めたアバンをようやく見つける。
「まるで雲の中を歩いているようですね。これでは足元もよく見えない」
仕方ない、そう言ってアバンは自らの上着の裾をつまんだ。
「、申し訳ありませんが、私の服の裾を掴んでいて下さい。これならはぐれないし、幾分か平気でしょう」
言葉尻に何か違和感を覚えたが、それはそのままに遠慮がちに一つ訊ねてみた。
「あの……少し霧が晴れるまで、待ちませんか?」
「そうしようとも思ったんですが……」
「ならどうして? 先生、何だか急いでるみたい」
「……あまり二人きりでいるのは……貴女も望ましくないでしょう?」
驚きを隠せないまま、弾かれるように顔を上げた。そして火花が散るような感覚を覚える視線の交わり。は思わず顔を上げたのと同じ速度で、目を逸らしてしまった。いけない。こんな事をしては益々溝が深まってしまう。
「私は……別に……」
どうにか絞り出した否定の言葉も、アバンに届く強さを持っていなかった。
「行きましょう。このままでは露で身体が冷えきってしまう。すぐに村に着きますから、しばらく我慢していてくれますか?」
あのいつもと変わらない笑顔のままでそう言われ、さっさと背中を向けて上着の裾を差し出されてしまえば、自分には何も我慢する事などないと弁明させてもらえる隙間もなかった。仕方なく、右の二本の指でつまませてもらった。
山の斜面を這い上がる空気は冷たく、容赦なくとアバンの身体に吹き付ける。段々と冷える身体に、足首の痛みを我慢するのも辛くなってきた。アバンの速度に遅れまいと何とかついて行くが、服を掴む腕が伸びきってしまいそうになっては、慌てて駆け寄る。あまり引っ張ってしまってはおかしく思われてしまうだろうと、必死について行った。だがどんなに小さくとも服を通してダイレクトに伝わる引き攣れが断続的にあれば、違和感を感じるだろう。とうとうアバンは足を止めた。
「――?」
「す、すみません! 遅くって!」
「構いません。……が、やはりどこか怪我でもしているんですか?」
覗き込むアバンの顔は、本当に心配して気に掛けている顔だった。この顔が仮面だなどと馬鹿な事を考えていた自分が、は心底嫌になった。それに心底安らいだ。ようやくあの頃の空気を感じられたからだ。いつもなら隠してしまう痛みも、つい、口にしてしまった。
「さっき、足をくじいたみたいで……。ごめんなさい、怪我なんてないって言ったのに。あの、直ぐに治しますから少しだけ待っていてくれますか?」
それは縋るような目で、アバンは悪い事をしたと悔いた。そして気を回してやる余裕も無かった自分に気付いた。
「私の方こそ申し訳ありません。先を急いて焦らせてしまいましたね……痛かったでしょう?」
はふるふると頭を振る。またこの少女に小さな嘘を吐かせてしまった。
アバンは道の脇にあった大き目の石に向けて手を流すと、はその石に腰掛けた。そして一つ深呼吸をすると、足首に回復呪文をかける。……が、ちっとも良くならない。気を取り直してもう一度かけてみても、全然上手くいかない。それは横で見ていたアバンにもすぐ分かる。回復呪文独特の柔らかい生命の色がちっとも光り輝かないのだ。
「あ、あれ、おかしいな」
早く治して帰らなければいけないのに。そう思えば思うほど出来なくなってくる。焦りに変な汗も掻きはじめた。なんだか目頭も熱くなってきた気がする。
「私がやりましょう」
アバンは膝を折り、の足首に手をかざした。普段かけるよりも、気持ち手を離して。
だからかは分からないが、アバンですらも呪文が上手く成功しない。おや? と苦笑交じりに笑って見せるが、焦りを隠せない。のように再びかけ直してみるが、これも駄目だった。かざしていた手を離すと、一つ、深い溜め息を吐いた。
「今日はなんだか……上手くいきませんね、みんな……」
は何も言えなかった。
「――ハハッ! こんな日もありますよね!」
大げさに笑って見せた所で、も同じように笑えなかった。冷たい霧が次々に吹き上がり、耳が痛い。は神妙な顔のまま口を開いた。
「あの……アバン先生、一つお願いがあるんですが……」
アバンの無理やり上げていた口角がすとんと落ちた。ざわざわと騒ぐ胸が落ち着かない。
「……はい」
「あ、あの……その……手を繋いでも、いいですか?」
目を丸くして驚いたアバンは、すぐに許諾の言葉が出て来なかった。それは今まで避けに避けて来た事なのだ。
「その方が歩きやすいと思うんですが……ダメ、ですか?」
あちこちに泳いでいた視線をどうにか上に上げる。嫌そうな顔はしてないが、戸惑ったような恥ずかしがるような、落ち着かない表情をしているを、アバンはしばらく見つめてしまった。頬がほんのり染まっているのは、緊張しているからなのだろうか。
「私は、構いませんが……」
「あ、ありがとうございます。じゃ、じゃあ……」
はおずおずと左手を差し出した。アバンはに気付かれないよう小さく深呼吸をしてから、右手で迎え入れた。
山道に二人の足音だけが響く。ただでさえ静かな山道なのに聞こえてくるのは堅調な足音のみ。余計にその静けさが強調される。
の足を考えてか、速度は先程よりもだいぶ落とされていた。繋いでもらっている手もあって、痛みはあるにせよ歩きやすくなった。は目の前の背中だけを追う。
最初は遠慮がちに握られていた手も、歩くうちにしっかりと重ね合わせられていた。大きな手。こうして手を合わせた事など数えるくらいしかなかったはずなのに、どこか懐かしくさえ感じる。じっと繋がった手を見ていると、手袋越しにお互いの熱が伝わりはじめた。その熱はアバンという人の内に篭る熱のような気がし、こうして触れているとまるで心の深部に触れられたようで、は嬉しくて仕方がなかった。心は静かに歓喜に震え、呼応するように頬を濡らした。
(いつからこの気持ちに気付いたんだろう……。
――そう、あの時ね。
先生、私の事嫌いだからあんなことしたのかと思って。
なぜ悲しいのか、嫌われたくないのか、気付いたの。
ねぇ、アバン先生。もう私の中ではなんともないのよ。
だって……)
足が悪いを気遣って、様子を見ようとアバンは振り向く。だがそこにいるのは、声もなくただはらはらと涙を流し続けているだった。
振り向いたアバンの顔が哀しげに歪んでいるのに気付いて、は自分の身体の異変に気付く。頬に感じる違和感を指に取って見てからはじめて、自分が泣いていると知った。
「申し訳ありません……やはり触れるべきではなかった……!」
そう言ってするりと手が離れていった。左手が寒い。顔を上げてみれば、眉をひそめ、目を歪ませて、今にも顔を背けそうなアバンを見た。今まで見た事がないほどの悲壮感。まるで泣き出しそうな子供のようだ。このままではアバンは二度と自分と向き合わない。諦観の境地に引きこもり永遠に離れていくだろう。の本能がそう察知した。はまるでスローモーションのような視界の中、縋るように離れていく手へ、己の両手を伸ばした。
揺れる水面の視界の中で、アバンの身体がつんのめるように揺れ、ゆっくりとこちらを向いた。
「違う、違うんです」
涙でくぐもる声を絞り出す。
「嫌いになんてなれなかった」
アバンと目が合った気がする。いや、確かに合っている筈だ。何故なら、こんなにも身体は甘く痺れている。
「私の心はとっくにアバン先生に塗り潰されているんだもの……!」
向けられていた背中はもう見えない。ゆらりと身体をの方へ向け、驚くほど呆けていた顔は、また少し哀しげに歪んだ。
「ごめんなさい。私は貴女の心すらも踏みにじった……」
「でも嫌じゃないの。私、それを嬉しいと感じてしまっている。先生の事で頭がいっぱいになって、嬉しいと思っている。胸が苦しいのに嬉しい、傍にいられたら嬉しい、……触れられたら嬉しいって、思ってる……!」
握った手が震えているのはどちらの手なのか、最早分からない。お互いに縋るように、握りしめる。
私の心、頑張って。目の前のこの人に、もう少し伝えないといけない事があるの。は咽ぶ喉も宥めながら、小さく叫びを上げようとする。これは心の絶叫だ。
「……だって」
身体中の粘膜が熱い。熱くて熱くて、溶けてしまいそうだ。
「だって、アバン先生の事が……好きなんだもの……!」
一体どれだけの時間が流れたのか。しゃくり上げているには永遠にすら感じる。止まってしまったような時がようやく動きはじめたのは、アバンが高く肩を上げて息を吸い込んだ時だった。吐き出す息が震えている。
「私は……自分が情けない」
上から降ってくる懺悔のような声。
「ずっと……逃げていたんです。己の罪も、気持ちも、……貴女からも」
アバンのこんな顔をは見た事がなかった。ぎゅうぎゅうと眉間に皺を刻み、切なさと苦しさに苛まれる、ただの男の顔。は涙を止め、息を呑んで見惚れた。苦しんでいる姿を見て喜ぶだなんて、自分も大概酷い人間のように思えた。そして直ぐに愛しさが込み上げる。この胸に抱いてやりたい衝動に駆られる、そんな男の顔だった。
アバンはきつく閉じていた目をゆるゆると開けると、手を握っているの両手を下から支えるようにそっと添えた。
「それなのに貴女は、こんなに震えながらも真っ直ぐひたむきに向かってきてくれる。私は自分の罪を認めたくなくて、目を逸らし続けていたというのに。か弱い貴女の全てを力ずくで奪い、愛してると、罪滅ぼしなどと、聞こえのいい言い訳をして結局貴女をこの腕の中に閉じ込めている。いつもそうだ、を守りたいと思っているのに、危険な目に遭わせ傷付かせてばかりだ! 一番に大切にしたいと思っているのに一番傷付けてしまう! 情けない! 私は自分が情けない! 愛する人一人守れなくて何が……!」
「先生! 先生……!」
の握り返す手と呼びかける声に、ようやく我に返った。哀しげに瞳を潤ませるを見て、自分が何を口走っていたかを思い出そうとしたが、半分も思い出せなかった。こんなに取り乱した自分は記憶に久しい。アバンが荒げる息に気付き羞恥を覚えるよりも早く、はアバンの手をそっと取り、自分の左胸に当てさせた。アバンの左胸が飛び跳ねた。
「あ、……!?」
「ねぇ。すごくドキドキしているの分かりますか?」
まだ乾かない瞳を細めて、は薄く微笑んだ。確かにアバンの右手には、手の下の柔らかな胸が激しく拍動するリズムが伝わってくる。
「先生に触れられて、話しかけられて、愛を告げられて、こんなにドキドキしている……。それって私がアバン先生を好きって事でしょう?」
さらに目が細められた。
「それでいいじゃないですか」
雷に打たれたような衝撃がアバンに走った。
幼くてもひたむきな目の前の少女は、自分の罪さえもまとめてこの愛を受け止めてくれる。それにどんなに苦難を目の前にしても、いつも自らの力だけで這い上がってくる。真っ直ぐに力強く、背筋を伸ばして生きる花のようなが、これ以上なく愛しかった。一枚、一枚、花弁が膨らみそして綻ぶその一瞬を見逃したくないと、心からそう思わせる。
自分が愛した少女はそんな見事な娘だったのだ。
胸に置かれた手を外すと、そっと挟むようにの手を取った。
「……もう一度、言わせてくれますか」
そして意を決したかのように、アバンは熱と力のこもった目でを見つめた。逸らす事を許さない真摯な瞳は、を縫い付けたように制止させる。
「私もが好きです……愛しています」
それはさも嬉しそうに話すアバンを見て、今度はの心臓が跳ねた。魂の根底から揺さぶるような、涙と震えを伴う歓喜。喜びがこんなにも泣き出したくなるような感情だったなんて、は知らなかった。
「これからもずっと、貴女のそばに居させて欲しい」
は思わず泣きながら笑ってしまった。なんという冗談だろう。
「もう、先生ったら……。それは私の台詞だわ」
「いいえ、私の台詞ですよ。貴女に赦されなければ、私は息をする事も叶わない」
二人は薄く笑い合っているが、目は熱の篭ったままだった。どんなに冗談めかしていても、口にする言葉は全てまごうことなき本心だ。
そして触れ合ったお互いの十の指が、収まるべきところを探して絡まりあう。落ち着きなく且つ慎重な指の一本一本がやがて、二度と離れまいとする強さで握り締めあった。そして自然にの身体はアバンの胸に吸い込まれていく。
手を回した背中が大きくて広い。小さく名を呼ぶたびに吸い込むアバンの香りがの胸にいっぱいに満たされ、力強く抱き締められる腕と共にアバンの全てに包まれている気がした。気が遠くなるほどの昂ぶりはやがてしっとりとした愛しさに変わる。ただただ静かにお互いの温もりに浸っていた。
いつの間にか、アバンの肩越しに見た景色は、段々と霧が晴れていった。巻き取るように頂上へと消えていく霧からは、緑のホルキア大陸の山々が次々と姿を現していく。ひっそりと潜んでいた生命が目覚め、そして陽光を浴びて煌きはじめた。
私のこの胸の内の霧が晴れた向こうはどんな世界だろう。はアバンの肩に頭を預けながら思った。
今までと変わらない景色? きらきらと光り輝く眩しい世界? 業火に焼かれる灼熱の世界? それとも変わったように見えただけ?
それでもいい。
今、アバンの肩を通して見えているこの世界が、ただ愛しいから。この肩さえあれば、どんな世界も愛せる気がした。
はもう一度、アバンの身体を抱く腕に力を込めた。
(了)
(2009.10.15)