ヤドリギ 4
「あなた達にすっかり助けられてしまいましたねぇ」
へへへっと得意げに笑う二人。
娘たちを背におぶり村に着いたのが少し前。
騒然とする村は、無事にアバン一行と村人の全員が戻ってきた事に沸き立った。娘たちはそれぞれの家に休まされに運ばれていく。その様子を見送り、広場で腰を落ち着かせると、ようやく安堵の息が漏れた。
「アバン先生の決め技も凄かったけどさ、おれの魔法も凄かったよな!? こう、ドオオーン!! ってカンジで! いやぁ、格好良かったなー!」
「うんうん、凄かった。あの逃げ足の速さも凄かった」
「言うなって〜」
「これからまじめに修行をすれば、もっとパワーアップだって出来ちゃいますよ?」
「せ、先生まで」
早速調子に乗るポップに、すかさずその鼻を押さえてやった。広場の片隅に笑い声が弾けた。
「ご無事で何よりでした」
長老のレヴィが彼らの元へやってきた。
「娘たちも戻り、しかも精霊樹に巣食う魔物も退治してくれたと聞きました。この爺、長年生きとりますが、これほどの感謝を表す言葉を知りませんわい。まこと、かたじけないですじゃ」
折れている腰をさらに折って、長老は頭を垂れた。
「そんな、頭を上げてください。我々は出来る事をしたまでです。娘さんたちが無事に戻れて本当に良かった」
「これで儀式も出来ますね」
は村を見渡して言った。村の中は急遽、慌ただしくなりだした。皆、駆け足で色々な荷物やらを運び出している。儀式の準備だろう。
「ああ、本当に助かった。これから急いで奉納祭の準備じゃ」
「一日ぐらい、延期しちゃダメなんスか? さっき戻ったばかりなのに忙しないな」
率直な疑問をポップは口にした。
「ほっほ。今日する事が大事なんじゃよ」
老人の豊かな眉毛が笑い声に揺れた。
「なに、今日儀式を行わないと村が滅びるとか、生命線に直結してるような儀式ではない。じゃがの、『今日この日に行う』たったそれだけの事も出来んのは、まずいのじゃ。非常にな。しきたりにのっとるというのは難しいようで簡単で、それでいて難しいのじゃ」
世俗から切り離された村の長老というからには、もっと保守的で旧態依然とした考えを持っているかと思われたが、なかなかに砕けているとアバンは思った。ポップは分かったような分からないような微妙な顔で、ふーん、と返しただけだった。
「精霊さまはちゃんと見ておるよ。恩寵を授けるに値するか、我々人間を見ておられる。この地に生きる我々はそれに応えねばならない」
「精霊や神様は、自分を崇めてもらうのが好きなの?」
が尋ねる。村の子供と同じように先達者から教えを請う、純粋な目と疑問で。
「違うな」
長老は一番星の光りはじめた空を仰いだ。
「きっと遥かな高みにただ一人で座して、寂しいんじゃろうて」
長老は顔を下ろすと、朝から何度か見た例の眉の仕草を、またもや見せた。
「ああ、それでのぉ。ここまで世話になってしまったそのついでに、もう一つ、頼まれて下さらんか?」
「砕けてるにしても、砕けすぎじゃないですか?」
日は完全に落ち、宵闇を照らすのは村のいたる所に置かれた篝火。ゆらゆらと影の定まらない不確かさの中に、鼻先を掠める不思議な香。それはこれからはじまる儀式の神秘さと幽玄なる時を予感させた。
村の奥の小さな祭壇まで、篝火を立てて参道が築かれている。神聖なものなのか、村人は決してそこを横切ろうとはしない。通れる者は巫女と神輿の担ぎ手。生贄役の巫女である、つまりだ。
今はそのの登場を村中が待っている。
「ただの旅人のおれらにそんな重要な役を任せちゃって、古式めいてんだか適当なのか、分からねぇな」
「村の娘さん達はまだ寝床から起きれないし、巫女役になれる妙齢の娘、となるとしかいませんからね。巫女役が誰であれ、儀式を執り行う事自体が重要みたいですし」
「それにしたってさぁ……形だけでも生贄役だなんて」
「おや。心配してるんですか? 優しいところがあるんですね」
「かっ、からかわないで下さいっ!」
アバンとポップがじゃれていると、村の空気が変わった。
見た事のない楽器から紡ぎ出される未知の旋律。静かで単調だが魂を揺さぶる、聞く者を惹きつける不思議な音楽と共に、神輿に乗ったが登場した。
全身を覆い隠す色彩豊かな衣装に身を包み、おそらくこの村の伝統的な化粧なのだろう、顔にも鮮やかな彩りを施されている。男四人で担がれている神輿の上で恥ずかしそうに俯いているが、その様子は厳かで神聖な美しさがあった。それは少女ゆえの清廉さと女性としての優美さを持っている。
火と音と香。
全てが相まって、その神秘的な姿は見る者に言葉を無くさせた。
アバンとポップにいたっては瞬きさえ忘れさせた。
着飾ったを見るのは初めてだった。バンビのように飛び跳ねる普段を考えると、この粛々とした雰囲気はまるで別人だ。それにとても美しかった。身なりに気遣わないわけではないが、旅をする身で自身を着飾る事など二の次三の次。どうしても粗野に扱ってしまう。が綺麗に仕立てればこれだけの見栄えをする事を、二人はこの時、初めて知った。
神輿は二人の前を過ぎて行く。なりに緊張していたらしくずっと俯いていたが、もし顔を上げて周りを見ていたら、ポップのこぼれそうな眼を見て吹き出していただろう。それぐらい見開いていた。
しゃん。
突然の鈴の音に二人は全身が粟立った。
神輿が祭壇に着いたのを機にけたたましく鈴の音が鳴り響く。村人は毎年行っている儀式の為、驚きもしないが、先ほどから高められた二人の鼓動は今、最高潮に引き上げられた。
は教えられた通り、短いが儀式となる振りを済ませる。そしてそれも無事に終わらせると、神輿は反転し、今来た道を戻っていく。
滞りなく済ませられた安心からか、はずっと伏目がちだったその眼を起こし、参道脇に居るアバンへと向けた。
一瞬。ほんの一瞬だった。
いつもの黒曜石の瞳が、真紅色のルビーのような瞳に見えた。
すぐに瞬きと共に前を見据えてしまった為、見直す事は出来なかったが、この篝火からではないように感じた。気にはなったが神輿は既に前を過ぎてしまった。アバンは最後に何か違和感を覚えてしまったが、奉納祭の儀式は無事、今年も終了した。
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たっぷりのご馳走と暖かい寝床。英気を養った三人は晴々と起床し、身支度を整えて出発の準備をした。宿から出て顔を合わせた瞬間、変な間があった。
「何、その残念そうな顔」
は眉を吊り上げる。
「いや〜……馬子にも衣装だったんだなぁ、と」
途端に騒がしくなる。村人の笑い声を受けながら、ポップとは先に村の入り口へ、ぎゃあぎゃあと騒ぎつつ駆けていった。
アバンも後に続こうと荷物を肩に掛けた時だった。長老がやってきた。
「行くのかね」
「はい、お世話になりました」
「それはこちらの台詞じゃ。何から何まで世話になりっぱなしじゃった。せめてものお礼ですわい、これをお持ちなさい」
長老が傍らから差し出したのは樹の一部のようだった。受け取ってみて分かった。これは香木だ。昨晩嗅いだ香りが芳しく香ってくる。
「街で売れば高値で買い取ってくれるじゃろう」
突っ返そうかとも思った。そんなつもりで頼まれ事を解決したのではない。だが旅に路銀が必要なのも事実。旅自体に何の役にも立たない香木を持たせたのは、売るしか術のないようにした、長老の心遣いだ。
「――ありがとうございます。有り難く頂戴します」
謝辞を述べて包んであった紙に包み直し、小脇に抱えた。
「確か、アバン殿と仰られましたな」
「え、あ、はい」
「思い出しましたわい。アバン殿といえば十四年前の救国の勇者でしたか。勇者は光る剣を操ると伝え聞いておりました。それは正に精霊樹に巣食うモンスターを倒した技。まさか勇者殿をこの村にお迎え出来るとは」
昔の話ですよ、と曖昧な笑みを浮かべ、頬を掻きながら村の入り口にいる二人へ視線を向けた。
「お弟子さんの二人はご存じないのか」
「ええ」
「勇者と明かさないので?」
「ええ、恥ずかしいですし。それに――」
長老の白い眉毛が両方とも上げられ、アバンの横顔を窺った。
それに、勇者ではない自分を見てもらいたくなった。
散々もてはやされた救国の勇者ではなく、ただの一人の人として。
それを気にしている時点で自分も囚われているのかもしれない。勇者であった時代も全て含めて自分であるというのに、見て欲しい所だけ晒すとは、狡い男だとは思う。
ただ、もう少し、自分という木陰に身を寄せていて欲しかった。目を細めて見上げるその顔を、穏やかに眺めたかった。少女を傷付ける風と嵐から護りたかった。
名も無い樹として。
(了)
(2008.2.29)