ヤドリギ 3
あれから何度かの戦闘を乗り越えた。
日は既に傾きはじめ、塔に差し込む横からの日が眩しい。時間が無い。アバンは焦燥に駆られた。
だが次の階段に足を乗せようとしたときだった。階上に天井が見えない。見えるのは網のように張り巡らされた枝と、段々と薄黄色になっていく葉、そしてその隙間から覗く空だった。頂上だ。アバンは警戒に身を強張らせ、後ろのに目配せした。も察知し無言で頷く。
意気込んで階段を登りきると、広がる光景に目をみはった。
精霊樹の主幹から枝分かれする根元部分に、木のモンスターが張り付いている。まるで寄生する宿り木のように。
「じんめんじゅ!?」
「それにしては大きすぎるし、どこか違う。あれは禁書に載っていた魔界のモンスター、まかいじゅか……?」
「先生、娘さん達が!」
が指差した先には、フロアの床にぐったりと横たえている娘達がいた。息があるかは分からない。
「誰ダ……?」
カラカラの喉から搾り出された音は老人よりも嗄れ、なのに重さと凄みを有していた。
(人語まで解するようになったか)
アバンは一筋縄ではいかない事を覚悟し、剣をモンスターに向け叫んだ。
「この娘さん達に何をした!」
はその隙に娘たちへ駆け寄る。顔色も青白く意識も無かったが、息はある。は胸を撫で下ろした。
「コノ樹……魔力ガイッパイ……腹ガ減ッテタカラ、少シ、貰ッタ……。ソウシタラ、モット……、欲シクナッタ。アッチニ、瑞々シク……、柔ラカイ生命力ガ、アッタカラ……花粉、撒イタ」
儀式の日が近付いて樹の魔力が強まったところ、このモンスターを引き寄せたのか。さらに若い娘からも吸い取るつもりで此処までおびき寄せる、そんな花粉を作るり出すモンスターになったとは、よほどの魔力を取り込んだらしい。
「ンン……?」
まかいじゅの腕のような枝がざわりと動き、娘を担いで避難させようとしている
を指した。
「マダ……居タ」
「!!」
うろで出来た口の端は醜く上がり、ご馳走を前に我慢出来ないといった様子で開け閉めする。すぐあとに口に納まるであろうの魔力を思い浮かべて。
それに対してアバンは激昂した。正体の分からない御し難い怒りが、身の内を駆け回った。
狙われた事に気付いても、は娘を肩に担いでいて咄嗟に動けない。そうしている間にもまかいじゅの枝は樹とは思えないほど伸び、驚くほどのスピードでを目掛けて鋭く伸ばされた。は身動き出来ず咄嗟に目を瞑り、来るべき衝撃を待った。
――が、来ない。
恐る恐る振り向くとそこにはアバンが立ちはだかっていた。
「アバン先生……っ!」
伸ばされた枝の先はアバンの一閃で斬り払われている。アバンは肩越しに言った。
「! 私が引きつけている間に、貴女は娘さん達を安全な所へ!」
「は、ハイ!」
剣から爆ぜる音やモンスターが繰り出す攻撃の衝撃音、それらを苦渋の表情で背にして、は急いで娘を抱えて走った。
娘は昏倒している為、いくらでも一度に二人以上運ぶ事は出来なかった。数回の往復でようやく、無事に全員を階下のフロアに避難させられた。若い娘とはいえ力の入っていない人間を運ぶにはかなりの重労働だ。だがは上下する肩を落ち着かせる間も無く、屋上のフロアへと舞い戻った。
そこで見たのは信じられない光景だった。
「無傷……!?」
娘を抱えて五回も往復していたのだ、結構な時間が経ったはず。その間にアバンの奮戦の甲斐もあり、モンスターを切り裂き追い詰めているのも、助け出す端にも見ていたのだ。しかし今目にするモンスターは初見とほとんど同じ状態で、ダメージを負っている様子もないではないか。
「見なさい」
疲労を隠せないアバンは、息を上がらせながらモンスターの枝部分を指さした。
斬り取られたまかいじゅの枝の先がみるみる回復していくのだ。それはまるで木の生長というよりも軟体生物の分裂を繰り返すようで、その異様さは気味が悪かった。
「魔力を過剰に吸って異常な回復力をつけたんでしょう。攻撃しても、しても、回復に間に合わない」
「そんな! どうしたら……!」
二人が言葉を交わしている間にも枝は元に戻り、そのまま鞭のようにしならせると二人を目掛けて攻撃してきた。散り散りに避けるがそれぞれに枝は伸び、息も吐かせぬ攻撃を繰り返す。枝の攻撃を防ぐばかりで本体の幹に近づく事さえ出来ないでいる。
「これならどう!?」
大気が震え、の右手に火炎が集まる。
「メラ!!」
放たれた火の玉はを薙ごうとした枝に直撃し、真っ赤な炎に包まれた。燃え盛る枝にまかいじゅはおののいて、雄たけびを上げながら枝を振り回している。ダメージを与えられたと意気も揚々としただったが、そうではなかった。枝を振り回しながら火炎を払い、その間にも燃えて焦げた樹皮も回復させている。火には弱いようだが威力が足りず足止めにもならない。
「ダメ……! 私なんかのメラじゃ……」
呆然とした一瞬を衝き、瑞々しいという獲物目掛けて、まかいじゅはその枝を伸ばしてきた。
(獲られる!)
――そう思った瞬間に広がったのは、いつもの赤色。
自分が危機に陥ると必ず目の前に広がる、赤色の服。
は驚愕と悔恨に全身の血を凍らせた。目の奥がじんじんと熱くなる。
の目の前で、身を挺したアバンの体へ容赦なく枝は巻き付く。まさに魔力を搾り取るように、そのまま締め上げた。何重にも巻かれた枝はアバンの体に嫌な音をさせて食い込んでいく。
「ぅ……ぐ、あぁ……!」
「アバン先生っ!!」
は素手ででも毟り取る気概で飛び付こうとした。だが瞬く間に食事を終えたまかいじゅは、食い尽くした後の鶏の骨でも捨てるかのようにアバンを放り投げた。
アバンは頭がグラグラとして両足で着地する事が出来ない。辛うじて受身は取れたものの、放られた衝撃のままフロアの上を引き摺るように転がった。そしてなんとか体を止めても、膝を床から離す事も出来ない。視界は定まらず、体の芯に力が入らない。この症状に思い当たった。
「――魔法力を……吸い尽くされてしまった……!」
「ンン……雄ハ……美味ク、ナイ」
そうは言いつつも、まかいじゅは腹が満たされて満足気に息を吐いた。すると見る間に生長しはじめ、その体躯は一回り巨大化してしまった。歓喜に震えているのか、自身の枝葉をざわざわと波打たせた。
「先生……!」
は目の前が歪みそうになるのを堪えながら駆け寄った。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
そう心の中で繰り返しながら夢中で走った。駆け寄って何が出来るわけでもないのに、駆け寄りたかった。
目の前を忙しく飛び回るを煩わしく思いはじめたまかいじゅは、猫が鼠をなぶるように弱らせてしまおうと、一回り大きくなった枝を一回転させる。そしてその勢いのままなぎ払わんばかりに打ちつけた。
気付いた時にはは既にその風圧を髪に感じていた。目視も追いつかない。今度こそ駄目かと思われた時だった。
その視界の端に飛び込んだのはまたしても、憎らしいほど広い、アバンの背中だった。
「どうしてっ!?」
思わず叫んだ。
悲鳴のような叫びは、アバンの体を打ち付けた衝撃音と風を斬る音にかき消された。
ただ庇うだけで攻撃を止める力も残されていなかったアバンの体は、軽々と吹っ飛ばされてしまった。まるでスローモーションのようにアバンの軌跡を辿るは、その刻の進み具合の遅さに激しく苛立った。速く速く速く、速く追いつかないと。思うように動かない己の体を憎々しげに叱咤し、がむしゃらに動かした。の人生で一番の速力を見せた瞬間だった。
アバンの体は一度床にバウンドし、そのまま柵もないこの塔の屋上から放り出されてしまった。見下ろせば目も眩むような高さから。
視界の回転に追いつかないボンヤリとした頭に、気持ち悪い浮遊感を感知する。どうにか体を動かさないといけない危機感はあっても、頭と体の連絡は働いていない。どこに向かってかも分かっていないが、アバンは最後の抵抗に弱々しく腕を伸ばした。
腕に走る激しい衝撃と、上下左右が入り乱れた視界が固定された時、アバンの目に飛び込んできたのは、薄黄色の雨の中、今にも泣き崩れそうな顔で苦しさを滲ませているだった。
「――!」
「間に……、合った……!」
今にも落ちそうな危うさで床の縁に体を横たえ、片腕でアバンを吊り上げていた。
腕の悲鳴のような震えは、ダイレクトにアバンに伝わって来る。歯を食いしばり、眉根をひそめて重みに耐えるを目にして、ようやく今の状況に頭が追いついた。
「先生。今、助けます……」
そう言って腕に力を込めるが、鍛えているとはいえたかだか少女に、大の大人をすんなりと引き上げるのは至難の業だ。落とさないのが精一杯で微塵も上には上がらない。目の前に広がる奈落の底のような光景に背筋を冷やしながらも、それは決してこの手を離してはいけない事を突き付けられている気がした。はもげそうな肩を心の中で口汚いと思えるほどの言葉で鞭打った。
しかも受け止める時の衝撃で擦ったのか、手の平や腕に傷を作り、そこからは鮮血が滴っていた。体を下に向けているのだ、自然と流血は多くなる。このままでは腕に伝った血液で繋いでいる手も滑り、繋ぎとめている事も難しくなる。
「離しなさい、!」
は驚愕に目を見開いた。アバンが何を言っているのか分からなかった。
「無理しないで、離すんだ!」
「何を、言って……」
本気で分からずに、肩の痛みさえ忘れて呟いた。
「離しなさい! 私は落ちても大丈夫だから!」
「大丈夫なんてあるわけないじゃないですかっ!!」
今度はアバンが言葉を失う番だった。
ぶるぶると震える腕は重さからだけじゃないのが分かった。いつもの大きな黒曜石の瞳が悲哀の色を浮かべて痛々しげに歪んだ。
「こんな高さから落ちたら怪我どころじゃ済まないんですよ!? いくら先生が強いからって、呪文で治るからって……、みすみす傷付く事をさせられません!! 先生はいつもそう! 私にはあんな事言っているけど、自分を顧みないのは先生だってそうよ! 他人の傷には敏感なくせに自分は怪我しても構わないみたいな顔して……! 私は……私は……――そんな先生を守りたかった!!」
悲痛に震えるの叫びに、アバンは体を縦一文字に切り裂かれたような衝撃を受けた。一瞬にして芯まで凍る絶対零度を感じ、そしてすぐさま体は灼熱のごとき熱さに血潮がたぎる。それは意識していない所で見透かされていた羞恥と驚愕からなのか。それだけではない震えがアバンの全身をあまねく襲った。もし地に脚が着いていたら膝が笑ってまともに立てなかったかもしれない。
頬に何かが降ってきた。
の腕の傷から滴る血液が、涙のように頬に落ちる。その部分が酷く熱い。
泣いてもいるのかと思えば、そうではなかった。のまなじりは濡れ光っているが、決して涙を零さない。怒りと悲しみに満ちた、だが真っ直ぐでひたむきなこの表情を、自分がさせてしまっているのか。アバンは胸に楔が穿たれたような痛みを覚えた。
「――獲物……」
背後で枝葉の揺れる音がする。は肩越しに迫る敵を見るが、どうする事も出来ない。早く、アバンを引き上げないといけない。
「クク……」
けれどもそんな事に構う事もなく、まかいじゅの枝は容赦なくを狙った。すぐに魔力を吸わずに嬲って遊ぶ事も覚えたのか、鞭を打つようにの体に幾度も枝が走る。
「っく! ……うう……!!」
打たれるたびに、肉を切る音と共に鮮血が中を舞う。手を握る力に更に力が込められた。
無力にの血を浴びる事しか出来ない自分を、アバンは呪った。これほど自分を蔑んだ事も怒りを覚えた事もない。ただ目の前の少女が傷付いていくのを見る事しか叶わぬこの今は、己の全ての罪の罰ではないかとさえ思える。こんなにも小さくか弱い少女を命綱にして、何も出来ない己の非力さと罪深さを、魂が凍えるほど痛感した。
それでも、モンスターが振りかぶる隙になんとかアバンを引き上げようと奮闘する。もう少し。せめて縁に先生の手が届けば。はそれだけを考えるが、背中を打ち付ける激痛に耐えていると引き上げる力に専念出来ない。焦りだけが溢れてくる。
「お願いですから……っ、離して下さい……!」
これ以上は見ていられない。アバンは天上に許しを乞うように弱々しく呟いた。
「絶対に……いやぁ……!!」
またもじわりと目の縁に涙が湛えられたが、これも絶対に身から離すまいとする。彼女には耐えるものが多すぎる。アバンの唇から一筋の赤が伝った。
「飽キ、タ……。ツ、マラン」
まかいじゅは慣れない遊びに興じ続けられない。それよりも分かりやすく欲望を満たせる”食事”の方が楽しかった。だが少しずつ付いた知恵と好奇心で新たな遊びを思いついた。
「ソウ、ダ。ソノママ……、喰ッテミ、ヨウ……!」
その言葉に愕然としたが肩越しに振り返れば、まかいじゅが寄生していた精霊樹からずるりと身を離した。精霊樹に寄生せずとももう既に十分な栄養が行き渡っており、今と変わらず力はふるえるはずだ。そして養分や魔力といった形ではなく、固形物を口にしてみようと、自分の足でに近付いていった。経口摂取しても実際は消化器官もなく、体内で魔力を吸い取る事しか出来ないのだが、”彼”は咀嚼し嚥下する”食事”の真似事がしてみたかったのだ。
さも楽しそうな事を思いついたと、そのうろの口の端は満足気に吊り上がる。
もう一刻の猶予もない。は焦りを滲ませながら残った力を何とか搾り出す。背中の激痛と共に体中が悲鳴を上げたが、喰われてしまえば悲鳴も何もあったものじゃない。は歯を食いしばり、最後の力を振り絞った。
少し、少し、引き上げられるのが分かる。
しかし足音が忍び寄っているのも感じた。
(あと少しでいい! 時間があれば……!)
は目の前が真っ赤になっていくのを感じる。全てが限界だった。
「腹ニ、納マレ……!!」
枝がに向かって振るわれた。
「メラゾーマ!!」
呪文と耳をつんざく業火のうねる音が響いた。
背後に感じる灼熱と、紅蓮の光景。炎がモンスターを包み込みながら立ち上っている。
「オオオ!! オ、オ……!!」
消える事のない業火に苦しみの咆哮をあげ、力なくよろつく。
炎の塊が動くと、その姿が目に入った。
「ポップ……!」
炎だけではない熱さを目の奥に感じた。
「出来、た……!」
呆然と、杖と炎に包まれるモンスターを交互に見るポップの後ろから、武装したエールヒ村の村人達が続いた。
は視線をアバンに戻し、再び力を込め直した。そしてついにアバンの手は床の縁に届き、なだれ込むようにこの屋上の床へ生還したのだった。
「――良かっ、た」
はアバンの体を肩に受け止めた。腕はどうしようもないほど震えている。だがその存在を確かめたかったは、ほんの少しでさえも上がろうとしない腕を最後の力で奮い立たせ、申し訳程度にアバンの服を握りしめた。それが最上の報いのような気がして、はこの時にはじめて、涙を頬に伝わらせた。
アバンも崩れ落ちそうな体をからなんとか起こす。そして一度、少女の頭を強く胸に抱いた。謝罪と深謝と愛しさと言葉にならない全てを、その一度の抱擁に籠めた。黒髪の感触を頬に受けながら「ありがとう」と驚くほど震えた声で呟いた。
ポップと村人達が駆け寄る。
「アバン先生……! ……っ!お、おれ……おれっ……!」
二人が想像以上に満身創痍で、ポップは自分がした事の罪深さを改めて痛感した。
村まで戻り、ポップは塔での出来事を話した。事情を聞いた村人達は、敵わないからと全てをアバン達に託した自分達を思い直し、加勢すべく武器を手に取った。その姿を見て、ポップはただ逃げてきた自分を激しく恥じた。ふるえるものは腕でも剣でも杖でも勇気でも、何でもふるわなくちゃいけない時がある。の背中の痛々しい傷とおびただしい流血を見て、ポップはそれを知った。
アバンはそんなポップの心情を察知している。どれだけ後悔し苦しんでいるかを分かっている。だから笑みを穏やかに浮かべ、ポップにその優しい瞳を向けた。
「いいんですよ、ポップ。こうして戻ってきてくれた。勇気を出してくれてありがとう」
「アバン先生っ! ごっ、ゴメンなさい、ゴメンなさい……!」
顔中を濡らしてポップはアバンの側に駆け寄った。は呻きながら顔を上げる。
「!」
「――こら。遅いよ」
「悪ィ……」
痛みに耐えながら笑ってくれるにポップは心から申し訳ないと思った。素直に悪態を吐くのも、それを謝る事が出来るのも、仲間としての絆の深さがあってこそだ。アバンは微笑ましく二人を見ていた。
「ひどい傷じゃねぇか!スミマセン、薬草か何かありますか!?」
ポップは村人に尋ねる。だがはそれを遮った。
「私よりも先生を! 魔法力が回復するような、そんな道具を持っていませんか!?」
「何言ってんだ、お前だって重傷なんだぞ!?」
「ホラ、見て!」
は火に包まれているまかいじゅを指差した。包まれてはいるがその炎の勢いは段々と削がれており、あの嫌な樹皮の再生をしはじめていたのだ。
「とどめは先生に頼るしかない! 早くアバン先生の魔法力を回復してもらって、動けるようにならないと……!」
「なら、これを使いなさい! 我が村の宝『エルフの飲み薬』だ!」
そう言って村人が鞄から出した装飾も美しい器を三人は凝視した。『エルフの飲み薬』など人の手に渡るような代物ではない。それこそお伽話の中にしか出てこない天上の祭具だ。それを目の前にして、”幻の村”というのは本当だとアバンとポップは今更ながらに思い知った。だが異界人のはそんなお伽話も知らない。アバンを助けてくれる便利な道具としか映っていない。村人の手からひったくるように授かると、躊躇なく栓を開けた。その思い切りの良さに、二人と村人達は思わず息を呑んだ事にも気付かない。そして素早くアバンの肩を抱き、器に口を付けさせた。
喉を通る甘露の水が全身に沁み渡る。ずっと霧がかった様だった頭は澄みきり、視界に入り込む色彩の全てが鮮やかに映るほどであった。その中でもとりわけ飛び込んでくる赤。燃え盛る大樹と、出来はじめた目の前の血だまりに、アバンは己の体が改めて激情に震えるのを感じる。
「助かりました!」
アバンはそう叫び、傍らの剣を取って風のように駆け出した。
目がけるは鎮火しかけているまかいじゅ。怒りの咆哮と火の粉を撒き散らしながら、憤怒に燃える眼を、向かってくるアバンに見定めた。猛る大樹は枝の先を魔獣の爪のように尖らせ、想像以上に速い速度で突進してくる。
だがアバンはそれを避けようともしない。ただ真っ直ぐにモンスターに向かい、その瞳はモンスターにも劣らない憤怒の色を宿している。
腰を落として上半身をひねる。後方に構えた剣に闘気を込めた。刀身に渡る電流のようなそれは、肉眼で確認できるほどだ。それほどの強い闘気など見た事も聞いた事もなかった。その驚愕に目を見張るポップとは、次の瞬間には更なる驚愕で塗りつぶされた。
「アバンストラッシュ!!」
全身で空を薙ぐ。繰り出された衝撃波は真っ直ぐにモンスターを飲み込み、断末魔と共に滅殺した。
肌にぶつかる衝撃波の音響と余波はその技の凄まじさを物語っていた。
「スゲェ技だ……!」
口を閉じられないその場の者達の耳にも森中にも、技の余波は永らく響いていた。