おかしな君 1
眠りは深い方ではない。
いつの頃からか熟睡出来ぬ性質になっていた。
野外生活の多かったこれまでの人生から、身体は常に警戒状態を保ち、それは野営の睡眠時でさえ揺るぐ事はない。寧ろ睡眠時こそ危険の及ぶ最たる時間で、高いびきに睡眠を貪れば、目覚めた時にはそっくりモンスターや野獣の腹の中だ。生き抜くには当然の性質であり、冒険者の簡単には抜け落ちない癖のようなものだった。
だから今、自分のベッドに何者かが入り込んできているのは、とっくに気付いているのだ。
そんなアバンが瞬時に頭を揺り動かさなかったのには、その何者かが愛しい恋人独特の柔らかい香りを纏っているからだった。
つまり「何者か」は恋人のだという事。
アバンは夢心地にそう結論付け、身体の警戒を解いたのだった。
擦り寄ってくる肌の心地良さも、触り慣れた恋人のものに相違ない。いよいよだと確信を持つ。アバンは寝ぼける頭で恋人を抱き寄せようとする。が、上手くいかない。何かが絡み付いていて腕の自由が利かない。しかも気付けば腕は頭より上に投げ出しているじゃないか。おかしな違和感にようやく両の瞼を上げる。
「あ、あの…………?」
これは夢か現か。
目の前にいるのは、まごう事なき愛しい人。
だが別人かと思わざるを得ないほどの表情で見下ろしているのだ。
大きく胸の開いた薄いカットソー一枚だけでアバンの右足に跨り、ふっくらとした薔薇色の唇を薄く開けて熱の篭った瞳で蕩けるように見つめてくる。
はアバンの呼びかけには答えず、その薔薇色の唇から紅く小さな舌を覗かせ、ペロリと唇を辿る。濡れた唇がやけにいやらしく、アバンの起き抜けの頭に稲妻のような衝撃を与えた。
完全に覚醒した意識で状況を確認してみると、腕に絡まっていると思っていた何かは己の着ていたはずのTシャツで、上半身は完全に肌蹴させられていた。
頭の中にグルグルと疑問符が浮かび続けるだけで、アバンはの動きをただ呆然と目で追う事しか出来ない。はベッドの脇のサイドテーブルに手を伸ばし、一段しかない引き出しの中からナイフを取り出した。そして淀みない動作でアバンの腕に留まっていたシャツを引き剥がし、ナイフを入れ、あっという間に紐状に成していく。
「……? あ、あの……?」
最早、名と「あの」しか出てこない。
だがそんなアバンも、両手を出来た紐で括られはじめたところでようやく焦りを露わにした。
「ちょ、ちょっと……! !? どうしたんです!?」
しかし依然として呼びかけには答えず、は手際良くベッドの上部にアバンの両手首を縛り付けた。
振りほどいてまで抵抗しなかったのは、ただのおふざけでまさか命を取るまでしないであろうと思っただけで、決して目の前の薄い布越しの可愛い尖りに見惚れているからではない。アバンは生唾を飲み込みながらそう思った。
「で〜きた〜」
は用済みとなったナイフの切っ先を壁に突き刺し、アバンの太ももの上に乱暴に腰を落とす。そして小さく拍手を打って喜んだ。ニコニコと無邪気な笑顔にアバンも思わず釣られて破顔しそうになったが、両手が抜け出す余裕など微塵も無いほど完璧に縛られている事に気付くと、背筋に冷たいものが辿った。紐は動かせば動かすほど食い込んでいき、手首が悲鳴を上げそうになる。
「ど、どうしたんですか、? こんな夜中に悪い遊びですよ」
は艶やかな唇にカーブを描き、コケティッシュな微笑みを浮かべる。こんな微笑み方は見た事がない。質問には一切答えないつもりなのか、またもや何も答えない。
代わりにその笑みをゆらりとアバンの眼前にまで近づけると、そのまま唇を重ね合わせた。
目を丸くするアバンを余所に、は性急な熱い口付けを何度も落していく。差し込まれ、蠢く舌を感じ、アバンは先程見た紅い舌の悩ましい動きを思い出した。あの舌が今、己の口内を蹂躙せんばかりに這い回る。情けないと思いつつも熱く湿った舌が絡む度にアバンは体温を急激に高めていくしかなかった。
は合わせていた唇を徐々にずらしていく。
形のいい顎を辿り、首筋を這い、鎖骨を丹念に舐めあげる。たったそれだけでアバンの息は既に上がっていた。
「……ッ……っは……ぁ……!」
広く逞しい胸板をの薔薇色の唇が辿り、慈しむように啄ばみながら軌跡を描いていく。そして頂点の肌色よりも色濃い部分を見つけると、舌先でペロリと弾いた。
「……ッあ!?」
大げさなほど身体が揺れた。
初めて感じた感覚だった。張った男の意地でも抗えず、思わず声を出してしまうほどに。
今まで触れられた事はあったが、これほど感じた事はない。追い詰めるように感度を高められ、漏れる声を我慢出来なかった。アバンは顔面が熱くなるのを感じ、襲い掛かる羞恥心に唇を噛んで耐える。だがその声に気を良くしたはアバンの気など気にも留めず乳首への愛撫を施していく。
舌全体を使って絡ませ、下から頂点に向かって舐め上げると頂きに舌先で刺激を与えた。そして時々歯で甘噛みしてやると面白いように反応が返ってくる。
「……! 本当に、どうしたんですか……ッ!?」
つまらない男の意地だ。
女のように声を上げる事を良しとしないのか、誤魔化すように思わず語尾を荒げてしまう。だがこうなった経緯が何であるのかそろそろ知りたいと思うのも本当だ。
はようやく顔を上げると濡れた唇を親指で拭った。その動きすら妖しくも美しい。
「先生を襲いに来たの。見て分からない?」
そう言って再び妖艶な微笑みを浮かべると、もう黙れと言わんばかりに唇を塞いだ。しっとりとした唇の愛撫の再開と共に、の両手はアバンの両の頂きを攻めはじめた。指の腹で円く行き来させたり爪先で弾いたりと、次々と繰り出される愛撫にアバンは気が遠くなりそうだ。
だが遠ざかる意識を必死に繋ぎとめ、いつもは嫌になるほど良く回るのに今はちっとも落ち着きを払ってくれない頭をなんとか働かせる。
合わせてる唇からほんのり香ってくるのは酒の匂い。
だが飲んだのはきっと少量だ。この程度で自分を見失うぐらい酔うほどが酒に弱くないのは知っている。酩酊状態ではないのだとしたら、混乱状態か。誰かにメダパニをかけられた、という事になる。一体誰なんだ、をこんな目に合わせたのは……。
解決にもならない犯人探しの途中で思考を急停止させられた。
何故なら、がおもむろに服を脱ぎはじめたからだ。
宵闇の中に白く輝くたおやかな裸体。
上気した頬と色欲の篭った蕩けるような視線。
二つのまろみの頂きには桃色の蕾がツンと上を向いている。
全ての思考を停めて、アバンは見入った。
そしてはアバンの太腿に下ろしていた腰を上げると、穿いているズボンに手をかける。アバンが制止をかけようと口を開く前に躊躇なく全て下ろすと、現れた剛直を見て満足げに微笑んだ。
「……うふふ……すごぉい」
愛おしげに見つめてくるその視線に堪らないほどの羞恥心を覚えるのに、身体は意に反して反応を見せてしまう。これではいつもと真逆の立場ではないか。こんなに恥ずかしい思いをさせていたのかと暢気に自らを省みる。
は再びアバンの身体を跨ぐと、しなやかに身体を屈ませる。それはさながら女豹のように。
目の前に枝もたわわに完熟の実が二つ生っているかのようだ。今にも口に含みたくなるような魅惑の果実なのに手に取ることも口に含める事も出来ず、ただ凝視とも言える視線で目で追う事しか出来ない。もどかしさに手首の紐がギリリと鳴る。
は上半身だけをゆっくりと、自らの桃色の尖りで狙いを定めるように下ろしていく。そしてアバンの唾液に塗れた乳首に降り立った。
「……ッ……!!」
「あン」
ほんの少しの接触なのに、その柔らかな尖りの感触は全身に快感として広がった。満足げに微笑むとは逆に、未知の経験を前に完全に翻弄されてしまっているアバンは目を白黒させて享受するしかない。
は小鳥が啄ばむようにツンツンと刺激を与え続ける。時々下から上へ弾くようにしてやると、アバンの身体が波打った。
「可愛い……」
まるで子ども扱いされている。
上から微笑むに年上の余裕を見せてやれるほどの気の利いた言葉すら浮かんでこなくなってしまった。ただ上がる息を抑えるのに必死だ。
の尖りは啄ばみながら全身を辿っていく。
硬いような柔らかいような、独特の感触は敏感になった肌から脳へダイレクトに伝わる。
もう制止は出来ない。
否、しない。
このまま行く末を楽しんでしまおうと、諦めにも似た気持ちがぐつぐつと煮えたぎる脳に浮かんでは消えた。
下半身に辿り着いたの尖りは、アバン自身にも啄ばんでいく。
楽しんでいたこの愛撫だが、は己の先端から感じるアバン自身の熱さに驚きを隠せない。降り立つ度に離れるのが惜しいほどの熱が、の体温も上げていく。刺激を与えると細かに震える自身に目が離せなくなっていた。先端には先走りの透明な雫が湛えられ、今にも滴り零れそうになっている。零してしまうのを惜しむかのように、は誘われるように口に含んだ。
「……ッは……! ぁ……!」
急に感じた粘膜質の感触に、耐えていた声が再び漏れてしまう。思わず下腹部に目をやれば、薔薇色の唇が己の分身をさも美味しそうに含んでいるじゃないか。
は口内に収めた灼熱の塊を稚拙ながらも愛していく。
最初はゆっくりと顔を揺らし含んでいるだけの状態だったが、持ち前の好奇心と向上心も手伝って積極的に舌を動かす。上下する度に舌全体を使って舐め上げるようにしてやると、ただでさえいっぱいになっている口内に、硬度と質量が増していく。
鋭く息を飲み込むのが聞こえるとは気を良くし、さらに行為を前進させた。先端の大きなふくらみを唇で挟んだまま、舌先で窪みを上下に擦る。溢れてくる先走りの液を丁寧に舐め取りながら、懸命に頭を上下に揺らした。
「ン……んん……ッふ……」
「……! ああ、……ッ!」
背筋に響く痺れが断続的に走ると、好きに動けない身体がもどかしくて狂いそうになる。頭を腕に押さえつけ発狂寸前の快楽をやり過ごそうとするも、下腹部にいるの淫靡な様子から目を離す事が出来なかったのは哀しい男の性か。
全身がうっすらと汗ばみ、息遣いがより荒くなる。迫り来る絶頂を剛直が一際質量を増した事で感じ取ると、は水音を立てながら口から抜き取ってしまった。
「……ッ……!? ……!?」
このまま登りつめようと身体を委ねた矢先の事で、アバンは一瞬、何が起こったのか分からなかった。目を白黒させて再び下腹部に目をやったが、はゆらりと身体を起こしてアバン自身からは離れていく。
そして先程と同じようにアバンの乳首への愛撫を再開させた。
達しようとした寸前で止められながらも身体に刺激を与えられると、自身はズキズキと痛みさえ覚え、行き所のない悦楽の奔流が全身を爆発させそうなほど渦巻く。最早羞恥心など彼方に吹き飛ばし、懇願する。
「……ッ! 意地悪しないで……! もう……挿れさせて下さい……っ!」
は乳首に愛撫を施したまま、視線をアバンに移す。だが、まるで聞こえなかったかのようにすぐに元に戻し愛撫を再開した。
「お願いですから! このままじゃぁ……! ……貴女の中で、達したいんです……!」
「……だぁ〜めぇ〜」
「……ッ!」
熱い息と共に声を荒げる。驚くほど切羽詰った声色に発した自分自身でさえも笑いたくなるが、今はそんな余裕すらない。手首を縛る紐を千切らんばかりに引き寄せ、ベッドが呻き声を上げる。
「……じゃあねぇ、私に敬語使うの止めてくれたら挿れてあげまぁす」
ぴ、と顔の前で人差し指を立て、小首を傾げる。
「わ、分かりましたから……!」
「ほぉらぁ」
はわざとらしく頬をぷうと膨らませる。
薔薇色の頬もすぼめられた唇もどれも可愛らしい。見た事のない表情をこの短時間で嵐のような勢いで見てきたのに、それでも一つ一つに忠実に身体が反応してしまう。その度に心臓が跳ね、甘い喜びに満たされる。
アバンは荒げる息を落ち着かせながら、観念したかのように言葉を選んで紡いだ。
「わ、分か……った、よ、……」
「もっと」
「愛してるよ、」
「うん」
「お願いだから紐をほどいて! を抱きしめたいんだ……!」
「うんうん、すごくイイ」
頬に手を当て、恍惚の表情を浮かべる。
「!早く!」
焦れったさにまたもや自分らしからぬ声を上げてしまう。
「ハイ、良く出来ました〜。じゃあご褒美をあげますねぇ」
はそう言って今まで乗っていたアバンの太腿から腰を上げると、素早く下着を取り去る。
そして再び腰に跨り、天を仰ぐアバン自身を自分の秘部に宛がった。
「ちょ……! ちょっと、! 紐は!?」
「ソレはまだ解きませぇん」
「で、でも……!」
「欲しくないの……?」
上から見下ろされるあの妖艶の微笑み。
そしてぬらぬらと淫靡な蜜を纏っている秘部に暴発寸前の己が分身を擦り付けられて、否と言える男がいるだろうか。いや、いない。
「…………欲、しい……」
「……イイ子ね」
そう言って微笑んだの顔は、これまで見たどの表情よりも妖艶だった。
この表情を、アバンは一生忘れない。