Shooting Bird 1
なんだ これは
わからない
身体の震えが止まらない
目の前にいるのは……なのか
ベッドの上でこちらには背を向けて横たわっている。
髪は乱れ衣服はやぶれ、かろうじて身に付けられている程度だ。白く柔らかで艶かしい稜線を、驚くほど細かった肩から腰にかけて描いているが、今の私にそれを見て興奮もときめきも起きはしない。ただただ、「なぜ? どうして?」という疑問が尽きることなく湧き出てくる。
答えも得られず理解できない現状にめまいが起きそうになり、意識も薄れそうだったが必死に手放さないように努めていた。
「……」
搾り出すように出した声は驚くほどかすれていた。
そう声をかけたと同時には半身を起こし、ベッドの下に追いやられていた薄い毛布をすばやく身に纏うと、一言も発することなくこの山小屋を飛び出していった
「!」
そう呼び止める私の声などに耳を貸さず目もくれてやらず、出て行った。
呆然とする私だけがこの部屋に取り残される。呼び止めても何を話そうとしたのか。
ふと、今までが横たわっていたシーツに視線を落とす。
「っな……!」
血液と…………精液……?
全面しわが寄ってしまっているシーツには真っ赤な鮮血がじわりと、滲んでいる。その色の鮮やかさは時間がさほど経過していない事と裂傷のひどさを物語っている。それにこの白濁した液体はもしかしなくても……精液だ。
気持ちの悪い脂汗が滲む。
自分の下腹部に目をやる。
と思っても実際に出来たのは眼球だけしか動かせなかった。視界の際から徐々に映り込むのは上着は身に着けているのに下は何もはいていない自分。普段では有り得ない不自然さに頭の隅からだんだん大きくなる警鐘が響く。
見るな。見ろ。
頭と一緒に視線を動かすと一瞬が永遠に感じるようなスローモーションで捕え、脳にやっと届くように感じる。頭には今でもガンガンと警鐘が打ち鳴らされている。ああ、頭が割れそうに痛い。息ができない。そうしてやっと届いた視覚情報。
みるな。みろ。
やがてジワリジワリと脳を侵食し始める後悔と悲しみと。そして……
ミルナ。ミロ。
「血まみれの己の肉棒」
おぞましいほどの吐気……!
「……ぅわああああああああああああああああーーー!!!」
頭が割れる
息ができない
目の前は 真っ白だ
Shooting Bird 1
「あれ?毒消しと包帯がない」
「どうしました?」
「あ、アバン先生。あのね、毒消しと包帯がきれてるの」
簡単な朝食を済ませ、さぁ今日も特訓に取り掛かろうとした時だった。ふと、が道具袋を覗くと常にあるべきものが二つも見当たらない。
「困りましたね……ここらには毒消し草が生えていないんですよ」
解毒魔法を使えても、いざという時魔法が使えない状況があるとも限らない為、どんなレベルの高い冒険者でも道具袋に常備させておかなくてはいけない。周到に自分を守る事が出来る、それが一歩外に飛び出せば生と死が紙一重で存在するこの世界で生き残れる、最低限の条件なのだ。たった一つの毒消し草、たった一つの薬草があれば、砂埃にまみれて晒されている元冒険者の白々とした骸骨はいくらか減っていたかもしれない。そのたった一つの重要性を知る者だけが、こうして日の下で生きていける。
「でもここから町に調達しに行くには丸一日かかっちゃうものね…………そうだっ!」
目を輝かせたの向かった先は……
「なんっで! オレが行かなきゃなんねーんだよ!」
すでに旅支度をさせられたポップはせめてもの抵抗する。
「だって道具袋係はポップよ?」
「っぐ……!」
抵抗は二秒で終わった。
「大丈夫、明日には帰れるわ」
道具の重要性は未熟なポップでさえわかっていることであった。道具を切らしたその責任がパーティには重大だということもわかるため、しぶしぶながらもいつもより物分りもよく、買出しに旅立った。
「くそぅ憶えていやがれ……」
「いってらっさーい」
は輝くような一番の笑顔でポップを送り出した。
「たぁっ!」
空中に舞い周囲に散らばる木の葉は、静かにそして正確に真っ二つに切り裂かれた。
ヒラリヒラリ
は自分で集めた木の葉を舞い散らせ残らず切る、という特訓をしていた。昨日は無傷の葉が五枚もあった。だが今日は少し上達したらしい。どの葉も綺麗な真一文字で斬り裂かれていた。
( うん、いい感じ!)
などと思えたのもつかの間、
「つっ」
まだまだ修行が足りないと実感させられる。舞散る木の葉の中に小枝が混じっていたのか、手の甲を切ってしまった。
「どうです、 。こなせましたか?」
「え、えへへ……」
様子を見に来たアバンは、ポリポリと頭をかく逆の手の傷を見逃さなかった。
「、大丈夫ですか!?」
「あはは、私、詰めが甘くって……。修行が足りませんね」
「これぐらい到達できていれば優秀ですよ。ほら、治療してあげます」
「え? い、いいですよ、これくらい自分で……」
しかし有無を言わさずの右手を手に取り回復魔法を施していく。
「あ、ありがとうございます、先生」
「いいんですよ、これくらい。傷が残ったら大変ですからね」
回復魔法というのはその人の人間性を顕著に表す。傷の痛みを受け入れよう、痛みを取り去ってあげようという慈愛の精神がないと、その威力は著しく劣る。博愛と慈愛に満ちた神官が回復魔法を得意とするのも自然のことだろう。手練になれば魔法力の光はろうそくのように柔らかなものになり、暖かさまで感じることが出来る。
例に漏れず手練であるアバンの回復魔法にはまるでマッサージを受けてるかのような気分になってくる。頭はぼんやりと寝入りそうな心地良さだ。
「はい、これで大丈夫です」
「ありがとう先生」
だがそう言うはまだその手を離さない。
「?」
「アバン先生の手……あたたかい」
は大きなその手を頬にぴと、とくっつける。
「え、あ……!?」
「ありがとうっ先生っ!」
チュッと小鳥の羽がかすめるかのような軽いキスをアバンの手の甲に落とした。
「食事の準備してきますねっ」
は踵を返し走り去った。
後に残ったのは、赤面し呆然と立ち尽くすアバンだけだった。
ドクドクドク……
我に返ると心臓の激しい動きに驚く。
そしてキスを落とされた手を見る。まるで今のところが熱を持っているかのように熱い。その手をジッと見入ってしまう。
アバンはいけない事をするかのように恐る恐る口を近づける。
触れたそこは一瞬立ち止まった小鳥の柔らかさを錯覚させる。
……