デルムリン島2

 修行三日目の朝。
 は特訓に混ぜてほしいとアバンに頼んだが、今日はいつもと修行内容が少し違うらしい。同行は許されたが見ているしか出来ないという。せっかく出たやる気だったのになんだか拍子抜けしてしまった。だが見学だけでもと、どうやらダイが気になって仕方ない様子のブラスとゴメちゃんと共に、二人の後をついて行った。

 鋼のように硬い皮膚になる呪文、暴れても島のモンスターたちに迷惑がかからないような場所へ。それらを道中に聞いただけでは一つ思い当たる事があった。ポップが火炎呪文を覚えただけで満足し修行も怠けていた頃、氷系呪文を無理矢理覚えさせんが為にポップに使った、いにしえのモノという秘呪文……。


 のその予感は的中し、広い洞窟に着くと、見る間にアバンはその風貌を変化させていく。何度見ても恐ろしい呪文であったし、ポップと一緒になって追い掛け回された事を嫌でも思い出される。
 の止める声も聞かず、眼鏡をかけた竜は咆哮をあげてダイへと襲いかかった。
「ダイ!!」
「ブラスさん!」
 は飛び出しそうになったブラスを咄嗟に止めた。
「手を出してはいけません。これはダイへの特訓です。お気持ちは分かりますが、ここはどうか……」
「うう……そ、そうか……」
 一度はアバンに預けたのだ、心配はしても信じて見守らなくてはいけない。ブラスは身を切られる思いでその場に留まった。
 もそうは言っても、正直、気が気ではなかった。ダイはヒャドだって上手く使えてなかったし、ドラゴンの炎は容赦なくダイを焦がしてしまうだろう。喉元まで出たアドバイスを押し止めるのだけで精一杯だ。
(全く無茶をするんだから)
 は眉をひそめて目の前の変わり果てた恋人に嘆息を漏らした。

「あれ、ゴメちゃんがいない」
 気が付くと横にいたはずの愛らしい金色のスライムが見当たらない。周囲を見渡してもその姿がないのだ。
「どこに行っちゃったんだろう……まさか……?」
「アバン流刀殺法……!」
 が見渡している間に、ダイはアバンに向かってある型を構えた。が教えるまでもなく気付いたようだった。
「ほう、気付いたようですね。だが果たして上手くいきますか……!?」
 アバン、いや一匹の大きな竜は、その恐ろしく真っ赤な口を開け放つと、轟音を立てて空気を吸い込む。そして燃え盛る業火をダイへと躊躇なく吐き出したのだ。
 しかしダイは真っ直ぐに見据え、炎を避ける素振りなど見せない。来るべき衝撃を恐れず立ち向かう、力強い姿がそこにあった。
 は技の成功を、手を合わせて祈りそうになっていた。

「逃げろ! ダイーーー!!」
「え? ポップ!?」
 は大声を上げて洞窟に入ってきたポップを振り返る。だがそうしている間にも辺りは炎の緋色で包まれた。ブラスとポップとの三人は、その熱波に思わず腕で顔を覆って背ける。
「うわああっ!!」
「ああっ! あれ……!」
 何とか確認しようと、炎の熱を避けながらダイの姿を探したは指さした。

「海波斬!!」

 超スピードの剣圧が炎を割る!
 業火の厚みを裂いた衝撃はそのまま遡り、そしてアバンの鼻頭を斬りつけた。


 呪文の効力が切れたのか、傷で集中力が途切れたからなのか、ドラゴラムは解かれてアバンは元の姿に戻った。
「ダイ! 大丈夫!?」
 は即座にダイへと駆け寄った。緊張が解けたように、ダイはの腕の中に崩れる。
「へへ……ありがと」
「ホイミをかけてあげるね」
 鼻を押さえてもんどりうっているアバンを余所に、はダイに回復呪文を施していく。仕方なく、ポップは呆れたように溜め息をつきながらアバンに近寄った。
「大丈夫ッスか? 先生」
「うーん、イタイ」
 虚勢を張って背筋を伸ばしてみたものの、鼻から手を離せない。
「自業自得です!」
 珍しく怒りを露わにするはダイを庇うように抱き寄せた。ポップも同じく言いたかったが、ダイがの腕の中に収まっているのは面白くなかったらしく、回復の終わったダイの首根っこを掴んで立たせた。
「いや〜初めてガーゴイルを倒した時、ダイ君の剣の威力が海を割ったでしょう? だからいきなり海波斬も出来るかなぁ〜って」
「そんないい加減な目算でやらんで下さい!」
「そうです! 三日目でこんな無茶をさせるだなんて……!」
「おや。はいいとして、あなたまでそんなにムキになるなんて、そんなに心配だったんですか?」
「べっ、別にぃ……」
 ポップはそっぽを向いて不貞腐れ、照れを隠した。
「あっはっは。ダイ君、こんなに可愛がられて兄姉弟子に恵まれてますねぇ。――いえね、目算はありましたよ。大地斬がパワーの技ならば、海波斬はスピードの技です。ここ数日でダイ君の剣は元々備わっていたパワーに加えて、飛躍的にスピードを増していましたし。――ダイ君は既に海波斬のコツを掴んでいます! これならスペシャルハードコースの達成も夢ではぬわぁい!!」
 興奮のまま説明し終えると、昇った血の気と止血を忘れて、情けなく血が顔を伝った。
「――あ、ポップ。バンソーコー持ってませんか?」
 今まで指導者ぶりを披露してからのこのギャップに、一同は力なく崩れる。呆れたように笑いながら、ポップはバンソーコーを差し出した。
「ったく、しまんねぇなー先生」
「う〜ん。全くカッコ悪いですね」

 洞窟内に笑い声が弾けた。
 こんなに笑ったのは島に来て初めてだったかもしれない。困難な修行を乗り越えられた事や、スペシャルハードコースの幸先が明るくなってきた事に安堵したのか、お腹の底から沸き上がる笑いに、皆はしばらく浸った。


 だがその平穏もすぐに破られる。

 微動な揺れをアバンは察知する。島に来る異変をどんな状況でも敏感に感じ取ったのだ。
 ビリビリと皮膚を伝う細かな振動に、ダイたちも不審に思った時、案の定、島中が鳴動する揺れが襲った。
「うわあ〜!!」
「なっ、何!?」
「地震か!?」
 地の底から響く振動で立っているのもやっとだ。激しい揺れは尋常ではない事態を予感させる。
「いえ、違います。何者かが島の結界に侵入しようとしているんです」
「ええっ!?」
 はアバンを見た。険しく厳しいその表情は見た事のない焦りを含んでいた。いつも微笑みを絶えないアバンが平静を保てない。それだけで、嫌な予感が胸の内に驚くほどの速さで広がった。
 ダイとポップがその何者かの正体を話している横で、ブラスが頭を抱えてうずくまり始めた。
「どうしたの、ブラスさん!?」
 が額を触れてやると、じっとりと汗を掻き、痛々しく身体を震わせている。
「この、ドス黒い血が身体中を駆け回る感じ……! お、覚えがある……!」
「……どうやら不安は的中してしまったようですね」
 何の予感なのか。
 が聞こうと顔を上げた時、洞窟の天井が爆音と共に吹き飛んだ。
「わあっ!!」
 
 降り注ぐ砂煙と、暗い洞窟に差し込む日の光。
 眩しさに目を背けながら、迫り来た"何者か"を皆は目で追った。

 全身で破邪の力を抗い続ける悪のエネルギーを纏っている黒衣の者。見ただけでその威風に息を呑む。只者ではない事を本能が告げるのだ。開いた天井の穴から降下してくるのを、ただ見ているしか出来ない。

「クックック。貴様の魔方陣には骨を折らされたぞ」

 地を這う低い声は恐ろしい呪詛の声だ。ダイ達はさらに身を竦ませる。

 だが一人、気圧される事なく立ち続ける者がいる。
 厚い眼鏡の奥に憤怒の色を燃やして、目の前の悪漢を睨めつける者、アバン。

「やはり復活していたか! ……魔王!!

……魔王ハドラー!!」


「魔王!?」
「こ、この男が、魔王ハドラー!?」
 今、世界に暗雲を落とし、凶暴なモンスターを率いて人間の世界に再び恐怖と絶望を与える者、魔王。
 ”魔王”などと、どこか絵空事のように思っていた者が本当にいる事すら驚いているのに、この混乱の元凶とも言える諸悪の根源が、まさか目の前にいるなんて。だが、目線だけで射殺せそうなほどその体躯には生命エネルギーが溢れ、肌に突き刺さるような悪意が魔王たる威勢を痛感させる。生き物の本能か、明らかに自分より強者を目の前に一歩足を出す事すらかなわなかった。ポップの歯の根も合いはしない。

「久しいな……アバン」

 魔王が師の名前を知っている。ダイたちは驚き、思わず声をあげる。
「せ、先生! 魔王を知ってるの!?」
 ダイの問いかけに、アバンは前を見据えたまま静かに頷いた。世界を震撼させる魔王と既知の間柄などと、驚愕に驚愕が重なり、喉の奥が乾いて引っ付くようだ。だが更なる驚愕で塗りつぶされる。

「お前のような男がこんな所にいるとはな、アバン……いや、勇者アバン……!」

「え!?」
「ゆ……勇者!?」
「アバン先生が!?」
 一年前にこの世界に来たばかりだが、も噂だけなら聞いた事がある。十五年前の大戦を。地上征服を目論む魔王に戦いを挑んだ、勇気ある者達が居た事を。長い戦いのあと世界中に平和をもたらした救世の勇者の話を。
 そんな高名な人物が、今、目の前にいる師であり、恋人であるアバンの事だなどと、はにわかには信じられなかった。
「本当なの? 先生?」
 同じく信じ難かったダイはアバンに尋ねる。

「……古い話ですよ」

 息が止まるかと思った。
 は驚愕に言葉を失った。よく考えれば、深い武芸のたしなみや底知れぬ魔法の腕。実力を考えれば違和感を感じず納得出来たかもしれない。だが愛を囁き口付けを交わしていた恋人が、世界を救った救世主などには見えなかった。同じく恋心に胸を痛め、心に触れる事の喜びを知り合った”男の人”だと――もちろん風変わりではあるとは思っていたが――”ただの男性”だと思っていたのに。過去の事にあまり触れたがらない事は知っていたし、それを黙認して深く触れずにきたが、ここまで何も知らずにいた自分自身に、は愕然とした。
 だがこうして”魔王”と奮然と対峙している姿を見て、それはまごうことなき事実なのだと痛感する。そしてそんな瑣末な事に心を乱されている場合ではない事も理解し、気持ちを切り替える事に努めた。

「さあ! 洞窟の外に避難していなさい!」
 その厳しい声に言うことを聞きそうだったが、その内容は受け取りがたいものだった。
「そんな! 先生、私も一緒に……!」
「そうだよ! おれだっ……っうわぁ!」
 ポップにとって信じられない事を口走った二人の手を掴み、洞窟の外へと駆ける。ブラスとゴメちゃんもそのあとに急いでついて行く。引き摺られるように洞窟の入り口まで戻されたは、慌ててその手を振りほどいた。
「何すんのよポップ! 離して!」
「バカかおめーらは! 魔王だぞ!? おれらなんかに敵うわけないんだ! 先生の邪魔すんな!!」
 それはある意味正しかったし、は咄嗟に言い返す事が出来なかった。ダイも留まる。
 既にあの場は自分達が安易に入り込める場ではない。生命のやり取りを掛けた”戦場”だ。此処にまで届いて肌を突き刺すような魔王の殺気が、”戦場”という場を作り出している。覚悟と力の無い者は立つ事の出来ない、本物の修羅場だ。
 生命のやり取り。そう、あの魔王ハドラーはアバンの生命を狙いに来てるのが言わずとも伝わってくる。だからの身体の震えの元が、戦慄から怒りに変わっていくのを感じるのだ。恐ろしさを超えてしまうほどの御し難い怒り。アバンに向けられる敵意に対して、沸々と沸き起こる紅い意識が胸の奥から顔を覗かせる。

「わが魔王軍の侵攻を邪魔する者は誰であろうと許さん! まずは恨み重なる貴様を血祭りにあげてから、貴様の弟子全てを抹殺してやる!!」
 魔王は咆哮と共に右手に魔力を込める。見た事もない威力の塊にダイたちは震え上がった。あんな魔法を使われたら……! その恐怖を知る由もなく、爆烈魔法は躊躇なくアバンに向けて放たれてしまう。
「くらえッ! イオラ!!」
 の胸を冷やすその魔法を、なんとアバンは片手で受け止めた。しかも同じだけの魔力を充て、相殺し握り潰したのだ。ハドラーもそれには一瞬たじろいだ。そしてそのまま自身にも魔力をみなぎらせていく。
「魔王のお前自ら出向いてくるとは……考えようによってはちょうどいい! ここでお前を倒し、世界の暗雲を払してやる!!」
 左手に溜めた閃熱の魔力を、アバンは渾身の力で打ち出した。
「ベギラマッ!!」
 標的に向かって真っ直ぐ駆け抜ける閃光と灼熱の魔法は、ハドラーを眩しいほどの炎で燃え上がらせた。その呻き声とよろめく残像に、ポップたちから歓声が上がった。あれほどの炎だ、きっと大打撃を与えたに違いない。ようやく事態が好転すると期待した。
 だがそんな束の間の喜びは、次の瞬間に感じる恐怖をより強くさせるだけにしかならなかった。炎の中から聞こえる笑い声が恐ろしく響く。
「何のつもりだ、アバン。イオとギラはオレの最も得意とする呪文。こんな程度の炎でオレを倒せるとでも思ったのか」
 アバンのベギラマから生還したハドラーは衣を取り去り、その覇気が満ちる強靭な肉体を誇らしげに晒した。まるで本番はこれからだと言わんばかりに。
「本当のベギラマとはこういうものを言うのだ! 見ろッ! ベギラマーッ!!」
 放たれた呪文にアバンはすかさず剣を取った。
「海波斬!!」
 ハドラーのベギラマはアバンの一閃で真っ二つに裂かれた。裂かれた魔法エネルギーはそれぞれ洞窟内を駆け巡る。直撃を避けてもその衝撃は、ダイたちを軽々とふっ飛ばしてしまうほどのものだった。は熱で発生する突風に耐えながら、先ほどのアバンのベギラマとは明らかに威力が違う事に戦慄した。それは受けたアバンが一番感じている。大打撃は避けたものの、アバンの身体は呪文の熱と破壊力で地面に膝を預けてしまっていた。
「す、凄まじい威力だ……以前戦った時よりもはるかに強くなっている……! な、何故……!?」
「知りたいか。知ればきっと後悔するぞ。貴様は相変わらずオレが魔王だと思っているようだからな」
「な、なんだと!?」
「オレはあるお方の力でこの世に蘇った。以前よりも強靭な肉体を与えられてな」
「何者だ! そいつは!?」

「オレよりもはるかに強大で偉大なお方。――大魔王……バーン!」

「大魔王!?」
「バーン!?」
 途方もない高みから見下ろされている未知の恐怖に、身体が震えていくのを押さえられない。この先を聞いてはいけないのに耳を塞ぐ事すらかなわない。

「そうだ! 貴様に破れ死の世界をさまよっていたオレを蘇生させて下さった偉大なる魔界の神だ! そしてバーン様に忠誠を誓ったオレは魔王軍の全指揮権を与えられた! 今のオレはバーン様の全軍を束ねる総司令官……魔軍指令ハドラーだ!!」

 更なる脅威がこの上にいる。その底知れぬ絶望感はその場の者全てを襲った。目の前が狭まっていくような圧倒的な力の存在。それはどうしようもないと思わせてしまう威力があった。
「な、何ということだ……!」
 さしものアバンもその事実に驚愕を超えた絶望を感じた。
「くっくっく……アバンよ、覚えているか、あの十五年前の戦いを? ――あの時と同じ言葉を今一度贈ろうではないか。己の敗北を悟った今なら素直に聞くことが出来るだろう……」
 ハドラーは足元のアバンに指差し、高々と叫んだ。
「オレの部下になれ、アバン! そうすれば世界の半分をお前に与えてやるぞ!」
 だがアバンは即答した。十五年前と同じ思いと瞳で。
「……断る!!」
「ふふん、答えは変わらぬか。俺の情けが分からんとはな……んん!?」
 アバンは身体に闘気をみなぎらせながらゆらりと立ち上がった。ハドラーにとって、旧敵のアバンを完全に屈服し、自尊心を大いに潤わせんがための二度目の駆け引きであったが、それは逆にアバンの奥底に燃える熱き闘志を蘇らせる引き金となった。そうだ。十五年前も絶望の淵に身を置いて、確かな希望など見えぬつらく険しい戦いだったが、一筋の光を、平和な明日を掴まんと、仲間と光を信じて突き進んだではないか。十五年前の決死の戦いを思い出し、アバンの溢れる闘志は今一度、その身体を奮い起こした。
「情けだと? お前に情けなどあるものか。もしここで”はい”と答えても、お前はいずれ私の命を奪うだろう。――それに大魔王の使い魔となり下がったお前に世界の半分を与える権限があるとは思えんし、な」
「な、なんだと!? 貴様、このオレを大魔王の使い魔とぬかしおったなぁッ!!」
「図星を指されたみたいだな」
「だ、だまれっ!! もはや生かしてはおかん! 弟子の見ている前で灰にしてくれる!!」
 アバンの挑発に激昂したハドラーは、両手に最大級の魔力をチャージしていく。ダイたちにとって今生で見た魔法の中で、あれは一番強力で恐ろしいものだと瞬時に思った。計り知れないエネルギーが見る間にその両手に湛えられていく。身の毛もよだつその威力に、アバンは果敢にも剣を逆手に持って構えた。
 きっとハドラーは持てる最大の魔法で攻めてくるだろう。その為に挑発した。はじめからこちらが不利なのだ。長期戦にもつれては万に一つも勝ち目はないとアバンは算段し終えている。これで勝負をつける気概で、アバンも持てる全力をこの一撃に賭ける。剣の柄を強く握り込んだ。
「食らえぇい! イオナズン!!」
「アバンストラッシュ!!」
 超威力と超威力のぶつかり合いに何が起きたのか確認出来ない。爆風と衝撃波で目の前ですら分からない状態だ。目を離したくないのに、と、は苛立ちながら目の前をかき分けるようにしてアバンの姿を探す。
「アバン先生ぇ!!」
 晴れていく煙から見えたのは、胸元から青い血を盛大に噴き出させているハドラーの姿だった。
「や、やったぁ!」
 安堵にも聞こえるポップの声に賛同しようとした時。またもやその一瞬の喜びは絶望へとすりかわる。胸元の筋肉に力を込めれば出血は止まり、なによりもしっかりと両の足で立っているではないか。アバンといえば、全身が燻り、呪文の強烈なエネルギーで激痛を伴う痺れを受けていた。相殺しきれない魔法衝撃の還元が、本来ならば地に伏せてしまうほどのダメージを与えていた。
 はその危機的状況に絶望ではなく、もっと雄々しい感情が紅く染まっていくのを感じる。胸元に熱くたぎる何かを源泉に、指先の毛細血管にまで巡っていく。

「先生! くそう!」
 飛び出そうとするダイをポップは抱えて止めた。
「バカ! 何考えてんだ! 相手は魔王軍の総大将なんだぞ!? 敵うわけねぇだろ!」
「でも先生はおれとの修行でドラゴラムを使っちゃってるから、魔法力がもうほとんど残っていないはずなんだ!」
「そうじゃ、ドラゴラムは通常の魔法の三、四倍の魔力を消耗すると聞いた事がある!」

 これを聞いた瞬間、の中で何かが弾けた。

「今とどめを刺してやる」
 そう言って一歩、薄笑いを浮かべるハドラーがその足をアバンへ向けた時だった。

 無数の光の散弾がハドラーに襲い掛かった。

「ぬわああぁっ!!」
 本能的に避けたが、降り注ぐ光弾は標的を無傷ではいさせない。ハドラーは光弾の一つが直撃し、ダメージを受けた左肩を庇うように転がった。
 それは今まで感じた事のない痛みだった。左肩の傷を見ると、焼けるでもなく、裂けるでもなく、ただその存在の形を許さないように強制的に崩している。ドロリと己を成す形が溶けていく。皮膚一枚あるかどうかの隙間で直撃を避けた部位も、光弾がかすっただけでビリビリと激しい痛みを伴う痺れを残している。

 ハドラーはぞっとした。
 あれは明らかに自分とは反対のモノ。
 対極にある力。
 相容れぬ事は本能で知った。

「な、何だこれはっ!?」
 自分を排しようとするその力は何者が持っているのか、光弾の元を確認するようにハドラーは睨み付けた。
 そこにいたのは、微塵も想像しなかった者であった。


 抑えがたい怒りの表情で、真紅の瞳を双眸に宿して立ちはだかっている、だった。
← Back / Top / Next →