マァム
森の中にひっそりと佇むネイル村は、身を寄せ合って生きているのが分かる、のどかだがとても小さい村だった。
村に着いてが思ったのは、男手が無いという事だ。ミーナの心配で村人が一堂に会していたため見渡す事が出来たのだが、目に付くのは女子供と老人。話を聞けば、力のある男衆はロモスの王宮の警備に徴兵されてしまっているらしい。どこか漂う不安げな雰囲気はこの為だったのか。は思った。
「今、ネリーさんのお家は空き家だし、人影がなくなっちゃうから村の西の方、火を熾しておいた方がいいわ」
泊めてくれるというマァムの家に行く途中、村人にマァムが話しかけた。これから夜が来る村の見回りらしい。
「そうするよ、ありがとうマァム」
彼はマァムの言葉をどこか安心したような顔で答えた。マァムは女でありながら村の頼りを一身に受けているのが分かる。しかもしっかりとその役をこなしているのも分かった。とても強い女の子なんだな、はそう思いながらその背中を見つめた。
ダイとポップに少しの申し訳なさを感じながら、温かい夕飯をご馳走になった。マァムの母のレイラは、急な客のにも笑顔でもてなしてくれた。自分の同い年の女の子の母とは思えないぐらい若くて、それに美人で、は失礼だと分かっていながらも初対面で面食らってしまった。
「マァムのお母さん、すごく若くて美しい方ね。羨ましいわ」
「ふふ、ありがとう。自慢の母さんなの」
マァムはそれは嬉しそうに微笑む。母の具合も良くなったミーナも遊びに来て、マァム家で三人は食後の談笑をしていた。
「それにレイラおばさん、とってもやさしいんだよ!」
ミーナは椅子の上を飛び跳ねながらに話しかける。ミーナも自分の事のように嬉しそうだ。
「そう。ミーナも大好きなのね」
「うん! だいすき!」
満面の笑みを浮かべるミーナの横で、マァムはコーヒーの入ったカップを差し出す。
「は? 郷里はどこなの?」
「――私は……ちょっと遠いの。家族とは離れ離れになってるわ……」
出来るだけ頭の隅に追いやっていた元の世界をほんの少し思い出し、気遣わせてしまうと分かっているのに、俯き加減に手元のカップを指先で弄る反応しか出来なかった。暖かな親御さんを見た後では少し辛かった。
「そうだったの……ごめんなさい、変な事を聞いて……」
「ううん、平気。こっちこそごめんね、気を遣わせてしまって」
だから、なのだろうか。マァムはずっと感じていた印象の元を思い巡った。嫌な冷たさはないのだが、このという少女には笑顔がない。すかしているのではなく、笑わなくてはと思っているのだろうに出来ずにもどかしくなっている様が見て取れて、余計に痛々しい。だが虚無感すら感じるその瞳には、世を儚む弱さは見られないのが一つの救いだった。話したがらないのだろうが、なんとなく、こんな顔をさせる少女のこれまでが気になった。
その時だった。
大気を伝わる爆音と振動が村中に響き渡った。いや、森中だったはずだ。急いで家から飛び出してみれば、魔の森が夜とは思えないほどの眩しさで燃え上がっているのだ。
「森が……燃えてる……!?」
「これは一体……! ま、まさか……!」
はダイたちと離れた事を後悔した。だがそれも一瞬の事。素早く踵を返すと、家の中に置いてあった鞘付きのベルトを引っ掴み、またも慌ただしく飛び出した。
「どこへ行くの!? !」
「あの子達の身に何かあったのかもしれない! 私、行かないと!」
「待って! なら私も行くわ! この様子、ただ事じゃないもの」
とマァムは頷きあうと、連れ立って森の中を駆けていった。
しばらく駆けていくと、おかしな悲鳴と獣の駆ける音が聞こえてきた。はこの声に聞き覚えがあった。
「ポップ!?」
必死の形相で逃げてくるポップが、なんとライオンヘッドを引き連れてこちらにやってくるではないか。モンスターは逆鱗に触れられたのか、その獰猛さを振り撒きながらただひたすらに獲物を目がけている。
は迎え撃とうと腰のナイフに手をかけ、横のマァムに下がっているよう声をかけようとした。が、横にはもういない。マァムは走りを加速させ、手のスピアを構えている。が止める間もなかった。
「横に飛び退きなさい!」
マァムの言葉の通り、ポップが道の脇の草陰に身を投げ入れると、マァムは真正面に向かってきたライオンヘッドにそのスピアを振りかぶった。そして聞くだけで痛くなるような音をさせながら鼻先にスピアをめり込ませた。自身の重みがその速度のまま、そしてマァムの打ち払うパワーがその一点にぶつかったのだ、ライオンヘッドは目を回して倒れこんだ。
「すごい……」
その力技にも目を丸くしてしまった。
そして草陰からおずおずと出てきたポップに駆け寄る。
「ポップ、大丈夫だった?」
「あ、ああ」
「ねぇ、ダイはどこ? 一体どうしたのよ?」
「そ、それが、その……魔王軍の軍団長ってのが襲ってきて、さ。おれはどうにか、命からがら……」
言いにくそうに言い淀むポップに、は目を見開いてにじり寄った。
「あ、あなた……ダイを置いて、逃げてきたの? ……また、逃げたの……?」
動きはゆっくりだが、ポップの服を掴んだその指先には怒りが込められていた。わなわなと震える手は揺さぶるのをどうにか止めるのにしがみ付かせている感じだ。だが問い詰めるその瞳には、怒りではなく悲しみの色が宿っている。眉を寄せ真っ直ぐに見てくる瞳を、ポップは直視出来なかった。
「あの時から……何も成長していないじゃない……! どうして……!? あなたは先生の言葉を……!」
ポップは斜め下に外していた視線を、乱暴にに向ける。聞き逃せない単語に、言い返そうとその口を開いた時だった。
視線の先に全身に魔力を溜めて立ち上がっているライオンヘッドを見つけた。
「あ、ああっ……!」
ポップとのやり取りを後ろで見ていたマァムは、ポップの視線の先に感づく。瞬時にホルスターに手を伸ばし、振り向きざまに照準を合わせた。耳に響く独特の爆発音が炸裂すると、まるでメラのような火炎がライオンヘッドを包む。たまらないとばかりに、彼は火達磨になったまま去って行ってしまった。マァムはそれを見届けると一つ呼吸を吐き、たちへと振り向く。
その時、きらりと光ったのだ。胸元に”アバンのしるし”が。
「あっ!!」
「あっ!!」
「な、何?」
二人が自分の胸元に掴みかからん勢いで釘付けになっているのに驚いた。
「こ、これは卒業の証! アバンのしるしじゃねぇか!」
「じゃあマァム、やっぱり貴女も!?」
「”も”って……もしかして、あなたたちも!?」
ポップとは首から下がっているしるしを服の影から覗かせた。まごうことなき、同志の証だ。
三人はこの思わぬ偶然の邂逅を、しばらく無言の時の中で驚いていた。
「ポップ! この方向でいいのね?」
「あ、ああ!」
ダイを助けるべく、三人は森の中を疾走している。
「あそこよ! ホラ!」
マァムの言うとおり、道の先に影を見つける事が出来た。
だがダイは地面に弱々しく這っている。その横には巨大な体躯のワニ男が、見るからに腕力を必要とするような斧を振りかぶっているではないか。それはつまり、まだ息があるということ。三人はダイへ振り下ろさせんと、さらに駆けた。
クロコダインだという軍団長はポップたちの姿に気付くと、手の斧を振りかざし叫ぶように命じた。
「うなれ! 真空の斧よ!」
掛け声と共に斧からは強烈な風を巻き起こす。辺りを包む真空の風は押し返す事も難しく、マァムたちの足を止めさせた。その風圧はポップの身体を軽々と吹き飛ばし、樹の幹に身体を預けさせたままにするほどの威力だ。だがはその風の抵抗に身動き出来なくなる前に動いた。風の流れの中にある一点を見据えると、それを切り裂かんとナイフを構え、下段から一気に振り上げる。
「海波斬!!」
「ぬうっ!?」
の放った海波斬は風を裂きながらクロコダインへと遡る。そのスピードと技にクロコダインが瞠目する姿を捕らえ、ポップは優勢を感じようとした時だった。の海波斬はクロコダインの鎧を少しひび付かせただけで決定的なダメージを与えられない。
「……浅い!」
は無意識に舌打ちを放った。
「ほう、この小僧と同じ流派か。だが力が足りん! 小娘の細腕でこの獣王の鋼鉄の皮膚を傷付けられると思うなよ! もう一度こいつを食らえっ!!」
クロコダインは再び斧を振りかざした。またも真空の刃がたちの動きを封じようと押し寄せてくる。
「くそぉ! 近づけねぇ! このままじゃダイが……!」
「くぅ……!」
地から浮きそうな突風に抗いながら、は両手に意識を高めはじめる。
「力がダメならこっちよ! ……バギマ!!」
真空の斧が放つ風の流れを、自らの呪文で上乗せして操る。気流を見極め、流れのまま手繰り寄せるように魔法をコントロールすると、押し寄せる突風が和らんだ。ただ、魔法を使うよりも操作が難しく、クロコダインにダメージは与えられるような威力まで生み出せない。だが、足止めする風は止める事が出来た。
「い、今よ……! 相殺してるうちにダイを助けて!」
の言葉にマァムが動いた。
だがマァムはダイを助けに走るのではなく、弾丸を素早く詰め替えた。そして銃の照準をダイに合わせる。
「お、おい! そっちはダイだぞ!?」
ポップの言葉にも照準はブレない。
「マァム!?」
もマァムは助けに走ると思ったのだ。思わぬ行動に驚愕を隠せない。そしてマァムはそんなたちの焦りを余所に躊躇なくトリガーを引き、魔弾が放たれた。
ダイが山吹色の柔らかな光に包まれる。
見ればダイの身体に襲い掛かると思われたダメージもない。光が引いていくとダイは地面から何の事もないように起き上がった。
「動く……」
「な、何ィ!?」
復活したダイに驚きながらも攻撃を浴びせかけるクロコダイン。だがダイはそれを防ぎ、復活した強い瞳を向けて再び対峙した。
「キアリクよ」
マァムは銃を掲げて見せた。
「これは魔弾銃といってアバン先生に貰ったものなの。普通の鉄砲は火薬を詰めて撃つらしいんだけど、これは弾丸に魔法を詰めて撃ち出せる武器なのよ。今撃った弾丸にはキアリクが詰まっていたの」
「へ〜これが鉄砲っていうのか。初めて見たぜ」
「アバン先生が、これを……」
めいめいに感想はあったが、のんびりと話している時間はなかった。
ダイを助けられたもののクロコダインのあの真空の斧を防がない限り、いつまで経っても剣はクロコダインへと届かない。
「真空の風をいくら防いでも、また使われてしまったら同じ事の繰り返しだわ。あの武器をどうにかしたい……!」
の言葉にマァムは弾かれるように顔を上げた。
「そうだ! あなた、ヒャド使える!?」
「ヒャド? おうよ、おれのヒャドといったら天下一品だってそりゃあ評判で……」
「能書きはいいから早くこれに詰めて!」
投げ寄越された弾丸をポップは危うげにキャッチする。
「ど、どうやって!?」
「弾丸の先にある石に指を当てて呪文を唱えるのよ!」
「よ、ようし」
ポップは親指を弾丸の先に掛けると、半ばやけくそ気味に氷の真言を口に乗せた。魔力が拡散する事なく、弾丸へと収束されていく。全て籠められ終わった弾丸は、きらりと輝いてポップの手の平の中を転がった。
マァムはひったくるように弾丸を受け取ると、銃身に装填した。そしてトリガーに指をかけ、来るべき瞬間を狙う。
クロコダインは目先の勝利に冷静さを欠いていた。本来ならば不可思議な道具で援護をされてしまう懸念にまずはそちらを潰すべきであったのだ。しかもそれを扱っているのは年端もいかない少女。獣王の名を冠する者であれば容易い事だ。だがそれを見逃し、目の前の首だけに固執してしまった事は大きな誤算であった。
現に斧を振りかぶった瞬間を狙い撃ちされ、氷付けにされてしまった。二度も首獲りの機会を奪われ、しかも小童に左目も奪われた。そして獣王としての威厳とプライドも、ことごとく奪われた。
残った眼球を怒りに血走らせ、クロコダインは恐ろしい雄たけびと共に撤退していった。
森を揺るがす戦いの轟音が消え、眠れない夜を過ごした鳥達がようやく訪れようとしている朝日を喜ぶように、喉を振るわせはじめている。
「そうか。キミもアバン先生の弟子だったんだね。どおりで強いはずだ」
ベホイミをかけてくれている横のマァムに、ダイは笑いかけた。マァムは笑顔で返す。
「あの〜おれにもベホイミを……」
ポップの暢気な声は途中で遮られた。
「ブッ! テメェ! 何すんだ!」
顔面の薬袋を剥がすと、喚くようにマァムに食ってかかる。
「あんたは薬草でも使ってなさいよ」
「あんだと!? ……フン。ま、でいいや。ホイミかけてくれよ」
「い・や・よ」
赤い舌を覗かせて、はむげに撥ねつける。
「な、何なんだよ、お前ら! この扱いの差は!」
「勇者と臆病者の差じゃなーい?」
マァムの言葉にダイは吹き出し、はやれやれと片眉を上げた。
魔の森の片隅で、少年達の賑やかな声と併せて鳥たちが啼きはじめる。
夜は明けたようだ。