嗤う月



月は嗤う
闇で蠢く獣達を



鼻を掠めるのは

血と汗と狂気の匂い


耳を掠めるのは

噴き出す血と骨の折れる音と獣の息遣い






男はよろめく身体を奮い立たせ、地から膝を離す。

目の前に横たわる男共を見下ろすと、無意識にその口の端を醜く上げた。






月は照らす

冷たい銀色のスポットライトを勝者に






「…………勝った」














 震えが止まらない。

 障子越しに見える銀色の真円と、先程まで続いていた獣達の咆哮が、今宵が”その日”である事を知らせる。
 今宵からは誰が……。
 それを考えると、とうに凍りついた筈の心が再び軋む。

 いくらか細くなった指が腕に食い込んだ。



 武装警察「真選組」
 紅一点の隊士、

 類稀なる剣の腕と胆力で、本来女人には叶わなかった入隊を果たした。それが本人の意思によるものでなくても、温かいものと冷たいもの、入り混じった視線で歓迎された。
 は徐々に頭角を現しはじめ、隊のどの猛者にも決して引けを取らない程の腕を持つようになっていった。
 女がいれば隊の規律が乱れる、最初はそんな反対の声も少なからずあったが、の腕を見れば閉口せざるを得ない。今となってはテロ鎮圧の要とも言うべき戦力になっていた。
 加えてその愛らしい容姿は剣の腕前からのギャップもあって、隊の男達を大いに魅了した。だが本人は男嫌いの気質で、数々の誘惑を撥ね徐けてきた。それで済んだものと思っていたが、男達はより一層、難攻不落の高嶺の花に熱い視線を投げかける。
 本人を余所に男達の水面下の戦いは激化していく。
 表立つことはなかったが、小さい諍いはいくつもあった。との市内巡回でペアを組もうと画策したり、酒の席で想いを吐露され増えるライバルに舌打ちするなど子供じみたもの。子供じみているが、男達は本気だった。
 熱病に浮かされたようにたった一人の女隊士に恋焦がれ、そう、それはまるで盲目的で一方的な、崇拝に近い想いであった。

 だがその歪みは音を立てて露呈する。

 誰々の事が好きらしい、誰々と付き合ってるらしい……。
 そんな噂話が隊の中に蔓延りはじめると、あっという間に鋼の結束を誇る真選組の名を嘲笑うかのように隊士同士の不信が広がった。
 それは普段の取り締まりでも出てしまい、怪我人を出した。
 その事は更に不信感を煽った。
 責任のなすりつけ合い、苛烈な批判、そして抜刀……。
 真選組は崩壊へと抜き差しならない状況まで来てしまった。

 二人の隊士が法度であった私闘をはじめると、興奮と熱が渦潮のように隊中を取り巻いた。暴徒のように化した隊士達はその二人を取り囲むと下卑た歓声ではやし立てる。最早、集団での昂揚に正気を失いつつあった。

 そこへ身を挺して止めに入ったのは、だった。

 だが、正気を失った者を止めるには無傷では済まない。
 流れる血を見て男達は身体中の熱が一気に下がる思いがした。

「……もう、やめて……」

 腕を押さえうずくまるを見て、二人の男の手から刀が落ちた。



 すぐに手当てをしてを離れの自室に休ませた隊士達は、一堂に集まっていた。自分達は何をしていたんだと落ち込み、その肩を落としていた。

 皆、分かっていた。

 この歪みの根幹は、だ。

 に非が無いのは重々承知している。
 だが本人の意志がどうであれ、愚かな男達がここまで狂ってしまったのはに起因する。やはり女を入れるべきではなかった、と後悔してもはじまらないのも分かっている。
 それなら辞めさせればいいだろう。そこにいる誰もが一度は思った事だ。
 だが、出来ない。
 こうなってもまだ尚、彼らはを手放す事が出来なかったのだ。
 いっそのこと誰か一人、選んでくれさえすればこの気持ちを落ち着かせ納得させる事が出来るかもしれない……。

 と、近藤は音もなく脇の木刀を掴んで立ち上がる。皆はその急な行動に顔を上げ、力無い視線でその背中を追った。
 たん、と庭に面した障子を開け放ち、肩越しに隊士たちを見やる。


が欲しい奴は表へ出ろ。死合いだ」


 満月の下、獣の狂宴がはじまる。



 最初の勝者は沖田だった。
 その場にいたものは皆、割れそうなほど奥歯を噛み締め、離れへの廊下を渡る沖田の背中を羨望と嫉妬の目で見送った。
 今度こそ自分が……。
 誰もがそう思い、再戦を望んだ。

 は力いっぱい抵抗した。だが、怪我で思うように力が出せず、ついには陥落した。痛々しい悲鳴は母屋にまで届いた。

 最初が沖田でよかったのかもしれない……。彼らは頭の隅で思った。人を屈服させる事に最上の喜びを見出す彼の事だ。いくら抵抗しようとも、それはかえって沖田を増長させる。可哀相ではあったが、おとなしくこの狂宴の主賓として収まってくれるかもしれない、と期待した。
 事実、数週間に亘る寵愛はを心身ともに疲弊させ打ちのめした。軟禁状態だった離れから何度か脱走を試みる事もあったが、厳重な見張りの元で叶う事は無かった。むしろその事が沖田の耳に入れば、更なる責め苦に耐え忍ばないといけなかった。
 しばらく経つと精根尽き果て、逃げる気も失せてしまったようだった。

 そして、いつの頃からか暗黙のルールが出来上がっていた。


 ”その日”は満月の夜。
 勝ち残った者はを次の満月の夜まで好きに出来る。
 決して殺してはいけない


 そして今宵も、立ち上がった勝者は銀色の満月を見上げ、その瞳に狂気の色を孕ませた。




嗤う月


勝者は……

近藤 勲
土方 十四郎
沖田 総悟
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